第3章 ダーコラ国国境紛争
第3章第001話 社会科見学
第3章第001話 社会科見学
・Side:ツキシマ・レイコ
秋も深まり。朝晩はけっこう冷えるようになってきました。
居合わせた時には手伝っているファルリード亭の食堂でも、熱々のスープが喜ばれるようになってきました。
農地での農繁期もほぼ終わり、食料の保存などの冬の準備も進んで、心理的にも皆が余裕のあるこの時期。運輸の人は農作物の輸送に大忙しですが。街の中にも比較的穏やかな空気が流れています。
「レイコちゃんに引率の依頼を出したいんだけど…」
と、ここに朝食を取りに来たアイリさん。護衛じゃなくて引率ですか?
詳細な話を聞くに。六六にある学校と孤児院、ここの年長組の子供達をつれて、要は社会見学だそうです。地球で言えば小学校卒業程度の年齢は、どういった所で働くのかを決める頃なんだそうですが。
この時代、子供達もけっこう働いています。親の手伝いをしている子が一番多く、近くの作業場や農家の手伝いが一番多いですし。孤児院の子供達は、街の清掃業務を領から請け負っていたりして、この収入は孤児院の大きな助けになっているそうです。
ただ、子供達が普段働ける範囲というのも当然これらに制限されてしまって、あまり他の職業を知る機会が無いそうで。ここの六六の子が、あまり行く機会のない職人街マルタリクと、漁業の拠点であるアキルへ、見学に連れて行くというイベントが、運輸協会主催で毎年行なわれているそうです。まぁ、後援エイゼル領なわけですが。
「レイコちゃんのエイゼル領見物の続きでもあるんだけどね。アイズン伯爵が提案したとかしないとか」
そう言えば。ここしばらくは、近場の市場と中央市場、ギルド、貴族街の伯爵邸、これくらいしか行動範囲が無かったような。
ここに来てまだ半年経っていないし、ユルガルムとかタシニとかに出かけていた時期も長いしで、致し方なくもありますが。
ジャック会頭あたりは、私に行動範囲を広げてもらって、奉納ネタを…という目論見もあるそうですが。
私も社会見学してみますか!。…ホント、小学校以来ですね、こういうのは。けっこう楽しみです。
さて当日。
ギルドから派遣されて来た小さめの荷馬車が一台、ファルリード亭前に付けられました。
荷馬車には既に、キャラバンで見た料理用コンロとかが積まれているようです。そこにカヤンさんが、パンやらスープの入った鍋やらを積み込みます。
お弁当?とか思ったのですが。お昼は漁村のアキルで取るそうで。地引き網のセティングをお願いしているそうで、そこで取れたての魚をバーベキュー…という趣向のようです。これは楽しみですね。
やってきたアイリさん、タロウさんと一緒に朝食後、今度は六六の教会前に集合です。
今回の見学に出かけるだろう、十人くらいの子供が既に集合しているのですが…
ザフロ・リュバン祭司と、まだ幼稚園児くらいから小学校低学年くらいの子供が数人。ん?今日の見学は、十歳以上対象でしたよね?
と思ったのですが。ザフロ祭司から伺うには、この子らは親がアキル出身だったそうで。病気だったり事故だったりで両親とも亡くなった子達だそうです。他領からの移住で親戚もおらず、遺された子供達は孤児院に来ましたが。
今回、アキルに行くと言うことで、一緒に行きたいと言い出したそうで。…お墓もそちらにあるそうで、祭司の心遣いのようです。
なんと!。アイズン伯爵家からクラウヤート様まで参加です。ブライン様から、領内の見聞を広めてこいと送り出されたそうで。
狼のバール君も一緒で、すでに子供達になで回されてます。
狼ですよ?皆さん物怖じしませんね。バール君、ユルガルムから帰ってきた頃よりさらに大きくなってると思うのですが。あまりのモフモフ具合で、怖さ半減のようですね。…私とレッドさんも混ぜてください。
さらに。クラウヤート様の護衛として、ダンテ隊長にエカテリンさんと…おお料理騎士さんまで一緒です。
ちなみに、料理騎士さんの方はブール・エビルソンと仰るそうです。…もう料理騎士さんで良いですよね?
クラウヤート様は、今日は普通の市民が着るような服装です。伯爵家の馬車も今回は無し。お忍びですね。
護衛騎士さん達も、皮鎧ベースで控えめで、ギルド所属のように見えます。
まぁ、わざわざ目立つ必要も無いですからね。ただ、バール君はすでに目立ちますが。
さて。皆さん準備が整ったところで、出発です。
道程は歩きですが。荷馬車には余裕があるので、祭司と一番小さい子は馬車に乗せて貰っています。
クラウヤート様も歩きですが。若いだけあって特に苦にはなっていないようです。バール君もうれしそうです。
次に小さい子は、皆と一緒に歩きたいそうです。
その女の子が一人、私の所にやってきて手を伸ばしました。手を繋いでと言うことですね。幼児のこの辺は、地球と同じです。
もう一人やってきたので、両手で手を繋いで。
風がかなり涼しい季節になりましたが、雲は高く秋晴れといった感じで、歩くには丁度良い日和ですね。
刈り取ったあとの麦畑の間を、ミニキャラバンが進んでいきます。
こういうときには歌ですよ。私も小さい頃歌っていた、歩くの大好きな歌。
即興の翻訳とアレンジをしながら歌うのはちょっと難儀しましたが。二回目を歌う頃には慣れて、三回目は子供達も一緒に歌い始めました。
歌いながら歩くと、不思議と疲れにくくなるんですよね。子供達も元気に歩いています。
その様子をアイリさんとかザフロ祭司がニコニコと見ています。
さて。マルタリクの街に着きました。
ここでの見学場所は、ピーラーとかでお世話になったハンマさんの所ですね。
…おおう、工房には人がえらく増えています。なんでも、軍からピーラーの大量発注があって。ここの工房を含めていくつもの工房と協力して大量生産している最中だそうです。
ここの街の工房では、は刃の部分をひたすら量産してるとか。柄の部分は竹製で、べつの街で量産中だそうです。
こういう工房とかでは、子供が大勢雑用で使われている…と思ってました。掃除とか運搬くらいなら出来るでしょ?と思ったのですが、単純に工房の中はいろいろ危険だとかで、そこそこ熟練した子しか中には入れていないそうです。外では働いているそうですが。
「見ての通り、工房では人手はいくらあっても足りないくらいだからな! お前たちも成人の暁には大歓迎だ!」
こちらでの成人は十三歳です。小学校卒業したら働く…というイメージですね。
職人さんの一人が、切り出した鉄片を叩いて、ピーラーの刃を作っています。
近くの炉には、赤熱している炭の中に元になる鉄片がいくつも入っていて。ヤットコで掴んでは治具に合わせながら叩いて形を出してます。治具は鉄製のようですが、よく考えられていますね。スリット状の穴も、位置決めはバッチリです。
形が出た後の、刃の部分を削る作業は、別の人の仕事のようですね。なんだかんだで分業が出来ています。
子供達は、真っ赤な鉄が叩かれて形が変わっていく様を、少し離れたところから興味深く見ています。男の子はこういうの好きですよね。興味津々なようです。
ちなみにその職人さん、左手の指が二本ほどありません。作業中のミスで無くしたそうです。
「まだ若い頃だけどな。親方の言うこと聞かずにちょっと気をそらしたらこのザマだ。…ホントにちょっとしたことだったんだがな、もう一生指は戻ってこない」
子供達が痛々しそうに聞いています。
「もしお前らがここに来たら、ほんとしつこいくらい注意されるだろうし、たまにゲンコツが飛んでくるけどな。それをうるさいなんて思うなよ、後悔は一生だからな」
注意一秒怪我一生とはよく言った物です。…このへんを教えたくて、この方を見学対象に推したのかもしれません。
隣の工房では、木の丸棒をノコギリでスライスしています。何を作っているんだろう?と思ったら、…これ、リバーシのコマですね。
白っぽい木と黒っぽい木の丸棒からスライスした物を貼り合わせて、1つのコマにするそうです。
けっこうな手間ですが。この木製のコマは高級品用として、お金持ちから貴族まで、大人気だそうで。この工房も目が回る忙しさだそうです。一日中、コマを作っているそうで…ご苦労さまです。
革製のリバーシの方も、他の工房で絶賛生産中。意外にも、携帯用として馬車に常備するする人も多いとか。確かに時間潰しは欲しいですよね。
丸棒のスライスに、試しに見学の子供が挑戦です。ノコギリを使いますが、刃は治具の方に固定されているので、変なところに手を出さなければ危険は少なそうですが。それでも職人の人がハラハラしながら付き添っています。
この治具というか、切り出し機ですか。全体はほとんど木製ですが、良く出来ていますね。柄の所を前後にするだけで、同じ厚さに切り出せるようになっています。
「リバーシは学校でも流行っているよ。みんなで順番にやっているんだ!」
革製のリバーシは、だれかが六六の学校に持ち込んだようです。件のコマに使える皮の廃材を手に入れた子がいて、あとは適当な板でもあれば完成ですからね、学校で自作したそうです。
アイリさんが、奉納とか権利についての授業もしておいた方が良いかな?とぼやいています。まぁ作るのは簡単ですから、自分で遊ぶ分を作る程度なら、目くじら立てないようにという話はしてありますけど。
「貴族街でも人気だね。誰でもすぐ覚えられるゲームだから、お茶会とかパーティに置いておけば、会話が弾まないときでも間が持つからね」
とクラウヤート様。
めぼしい貴族宅には、すでに一家に一盤という状態だそうです。…ここの工房が忙しいはずです。
ハンマ親方に呼ばれて、以前お願いしたミキサーの試作品を見せられました。
歯車とかが木製ですので、耐久性には期待できませんが。構造と動作の確認用ですね。
金属製歯車の製造には、目処が付いたそうです。金属の円盤に等間隔に歯を付ける治具の設計に入っているとか。
ただ、ミキサー全体としては結構大きくなるので。手に持って回す…は無理で、机に固定する形になりそうです。まぁ、もともとボウル、本体、ハンドルと、手が三本は欲しくなる作業ですからね。むしろ固定の方が便利だと思います。
試作品ですが。歯車部分がボウルの上に位置してしまい、歯車から削れた粉が落ちるというのでは…と懸念されますね。
それは、ミキサー自体を傾けることで解決するそうです。
「これは…素晴らしい道具ですね」
料理騎士さんも食いついています。
いままで何度もマヨネーズを作っている…というより作らされているそうですが。やはりあの攪拌は大変だそうです。
歯車の技術は、他のいろんな機械にも使える物です。これからのこの世界の発展に大きく寄与してくれることでしょう。
あ。あと、ギアの歯の数についてのこつを思い出したので、ハンマ親方に伝えておきます。歯車担当の職人さんも呼ばれました。
要は。例えば歯の数が十と二十の歯車を咬ませた場合。回転する毎にかみ合う歯が同じ…ということが起きます。すると、同じ歯の同じ場所が削れ続けることになって、特定の歯がすぐ壊れる…なんてことが起きます。
対策としては、例えば二十歯のほうを二十一歯にすれば、一周する毎に違う歯がかみ合うことになりますので、全ての歯が均等に消耗するようになり、全体としては長持ちすることになります。
治具の設計が大変そうですが。設計に必要な円周率を教えて上げると感激してくれました。
ここでの設計では、円周率は3.1だそうですが。ふふふ、私は結構覚えていますよ。
3.14159165358979323846264338327950288419716939937510…
中学生の頃、ムキになって覚えたのですが。三千万年経ってもまだ覚えてました。
まぁ、実用上は五桁も覚えておけば問題ないでしょう。
…レッドさん、対抗して円周率の暗唱をずっと続けるのやめてください。
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