第2章第031話 もろもろの報償
第2章第031話 もろもろの報償
・Side:ツキシマ・レイコ
秋も深まって、そろそろ冬の気配です。市場は秋の実りで溢れていて、市場巡りが楽しいですね。
タシニでの工事も終わって、エイゼル市に戻って一週間後。ジャック会頭から、運輸協会、通称ギルドへの呼び出しです。なんかお久しぶりですね。
国の方から、タシニの工事の件で報酬が出たそうで。その確認です。
ギルトに着いたら、理事室に案内されました。アイリさんも一緒です。神妙な趣のジャック会頭が座っています。
羊皮紙が差し出されます。…なんか装飾が施された豪華な書類です。いつぞやのレシピの王家公認の勅令の時のような。
ユルガルムでの防衛戦、およびタシニでの崖崩れ工事の対価として、ツキシマ・レイコ殿に八百万ダカムを報償とする。
…大雑把に八億円ですか。ちなみに、報償なので無税だそうです。
「ジャック会頭。個人がこんな大金持っていていいんですかね?」
「ん?金貨を自宅に貯め込んでいるのなら迷惑だが。口座に入っている分には、さほど問題ではないな」
せっかく作られた貨幣が、流通せずにどこかに大量に溜められるのは経済によろしくないですが。ギルドに預けて数字になっている分には支障が無いそうです。この辺、貨幣経済についてきちんと理解がされているというのは、地球から来た者としてもけっこう驚きです。
「レイコちゃんのレシピで、ランドゥーク商会の方もけっこう儲かっているけど。いいのかな?」
とアイリさん。その辺のお仕事も忙しいそうです。
「事務的な管理を全部お任せ出来ているので。むしろありがたいです」
ジャック会頭もホクホクのようです。
王室御用達レシピということで評判になり、中央通りの高級店やら貴族お抱え料理人が、こぞってレシピを買っていくそうで。これの収入も結構あるようです。
レシピを買うと言っても、期間割りでの使用権利ですね。この辺は特許や実用新案と同じような感じです。
まぁ材料さえあれば作るのは難しくありませんので、自宅で家族と食べるくらいなら、無許可でも良いと思ってますし、その辺は大事にしないようにお願いしていますが。そこは王室御用達レシピです、身分のある人がやるとバレた後が怖いそうです、主に社交界的に。
奉納は、もともとは他の商人などに元祖主張されて独占されることを防ぐのが目的でしたから。レシピが十分広まるであろう三年後には使用料免除にするとも告知してあります。
今回の報償以外の入金記録も見せられました。
…うーん? アイズン伯爵の護衛の依頼やらもあわせて、なんか凄いことに。
あ…件の金貨。4枚売れたことになっていて、残りはまだ預かり状態です。…こちらも凄いですね。
「…そろそろ使い道を考えないと行けないですね」
横から記録を覗き込んだアイリさんが、目を丸くしています。私もびっくりです。
でかい買い物するってよりは、投資なり事業を興したりという資金量ですよね、これはもう。…でもまぁ、お金儲けに動くほど困ってもいないし、あまり興味も無い。うーん、どうしましょう。
・Side:ケルマン・クラーレスカ・バーハル(クラーレスカ正教国祭司総長)
「このネイルコード国から届いたツキシマ・レイコなる者に関するこの報告は、正確なのか?」
「最初の報告の後も続報が続いておりますが。今のところ間違いは無いようです」
サラダーン祭司長が、現状で判明している部分を時系列で説明する。
「六月二十二日、ユルガルム領の南、ネイルコート王領…とは言っても未開の平原ですね。そこで通過中のエイゼル市のキャラバンが飛翔中の赤竜を目撃。その後近くで件のツキシマ・レイコと名乗る十歳ほどの黒髪の少女と、彼女が連れていた小竜を保護。翌日、ネイルコート国王領タシニにて、アイズン伯爵と対面。以後行動を共にして、そのままエイゼル市に招いています」
「その子供が、たまに飛んでいるのを見かけるトカゲの巫女だ? それにドラゴンの子供? なんの冗談だ?」
「…その物言いは、信徒には聞かせられませんな。巫女というのはツキシマ・レイコの自称ではなく、キャラバンの者らがそう解釈したのが広まったようですな。我らが正教国にも、赤竜神と心を通わせたと言われる巫女の伝承がありますので。それを模したのでしょう」
サラダーン祭司長がハバエラ技師主任を窘める。まぁ此奴にとっては、自分で触れないドラゴンなら、トカゲの一種に過ぎないのだろう。
「…小竜がおらずにその少女だけなら、即異端に指定しているところだな。」
「本当にその小竜は、ドラゴンの眷属なのか?」
「仔犬に太い尻尾を付けたサイズ。毛並みは真っ赤で、顔立ちは犬には非ず、六本の角が後頭部にあり、翼を広げて飛ぶことが出来る…と。大きさと鱗が無いところを除けば、ドラゴンが一番当てはまるかと思われます」
ハバエラ技師主任は、小竜とやらに興味を持ったようだ。そこまで特徴がはっきりしているのなら、他の動物と見間違えることも無いだろう。
「…本物なら、ぜひ正教国にお迎えしたいところだが…」
「ツキシマ・レイコはその後、エイゼル市での観光をしたり、定宿としている店で料理を作ったり。その料理が評判となって、七月十九日、ネイルコード王妃ローザリンテが対面しております」
「ネイルコードの王族が接触したか。…先を越された訳だな。ネイルコードの教会は、それを手をこまねいて見ていただけか?」
「あの国の教会は、王国に取り込まれていて正教国とは関わりたがらないですからね。散々上納金を取り立てた上で流刑地扱いしてきたツケですな。あそこの教会は、今ではネイルコードの発展と共に相当に富を溜めているようですが。最低限の交流以外したがりません」
ネイルコード国はもともと、東方の田舎として見下されてきた土地だが。昨今は経済的な成長著しく、正教国としても無視できなくなっている。それでも教会の権威という知見から、今でも下に見ている者は多い。教会本部に反抗的な物や、政治的な闘争で敗れた物が飛ばされる地でもある。
当地の教会もそれを重々認識しており。赤竜教本国である正教国よりは、財政的にも心情的にも国教として保護してくれたネイルコード国寄りだ。教会業務の面で必要な金は納めてきては居るが、積極的に本国と関係を持とうとしなくなった。
「八月。領間のトラブルからの一時避難と、伯爵家の娘の嫁ぎ先の慶事のために、伯爵家の者達の護衛としてユルガルム領へ。九月。ユルガルムで発生した蟻の大群を、レイコ・バスターなるマナ術で巣毎殲滅」
「せっかく仕込んだあの蟻を、巣ごとマナ術で吹き飛ばしただと? その娘は、本当に赤竜の眷属なのか?」
そういえばそれも、ハバエラ技師主任の仕込みだったな。もともとあの地は、ネイルコード国における対魔獣の最前線でもあるので、新種の魔獣が出てもさほど不思議とは思われないだろうし。ネイルコード国の造幣拠点を妨害できるのならと、許可はしたのだが。
「その戦闘で自爆し、全身火傷の重傷を負ったという報告もありますが。五日で全快したという話も来ております。さてはてどこまで本当なのやら」
そんな治癒力があるのなら、まさに神の眷属と言っても良いのだろうが…
「十月十五日、ネイルコード国王に謁見。地球国大使として承認」
「地球国?」
「この大地とは別に遙か星の世界の向こうにある、ツキシマ・レイコと赤竜神の出身地だそうです」
「そんなものが実在するのか…まぁ当人が言っていることを疑う証拠すらないがな」
「現状では、ネイルコードがツキシマ・レイコを完全に取り込んでいる形ですな。親正教国な教会関係者から、遠回しに正教国への引き渡しを打診してみましたが。まぁ見事、とりつく島もないようで」
「ふむ。…もし赤竜神の巫女というのが本物なら、そのドラゴンの子供と共に是非とも正教国に迎え入れたい。引き続き調査せよ」
「はっ」
「あと、あれはどうなっている?」
ハバエラ技師の機関には、多額の資金を回しているのだ。
マナ術が正教国の先進性の根幹である以上、この分野での成果はぜひとも出して貰わねばならない。
「マーリアですか? 対人戦では向かうところ敵無しというところまで強化できましたが、所詮は単機。軍隊相手に使えるようなものではありませんぞ。あくまで個人レベルのマナ能力向上が目的の研究ですからな。行動の条件付けにしても、成長と共に難しくなってきていますな」
「巫女は、蟻の巣を吹き飛ばして大穴を開けたそうだぞ。そういうマナ術が使えるようにはならないのか?」
「…マナの持つ力を一気に解放する術は、全くもって見当つきません。先ほどの話にあった回復力もですが、まさに赤竜神の巫女ならではの力では無いかと。まぁ私はかなり眉唾な話だと思っていますが」
「ふん。まぁマーリアに単体での戦闘力があるというのならどこかで使えようが、先にエルセニム国を抑えねばならん。あそこが完全に離反してはマナ塊の供給が不安定になる。マーリアが正教国側にいることを見せつけるためにも、一旦ダーコラ国に派遣する用意をしておけ。あと、ダーコラ国をネイルコードに嗾けるぞ。ダーコラ国教会の祭司長にも連絡をつけろ。子細を詰めるぞ」
サラダーン祭司長は、ダーコラ国とネイルコード国をぶつけたいようだな。まぁダーコラ国で歯が立つ相手ではないが、多少なりとの出血させれば上等とか考えているのだろう。
「ダーコラ国では、大して圧力にもならないのではないですか?」
ネイルコード国より正教国に近いからという程度しか矜持のない国だ。軍事も経済も、ネイルコード国にかなり水をあけられていますが、認めたがらないな、あの国は。
「正教国が後ろにおることを臭わせるだけでも、圧力になりましょうし。その対応からも情報が集めやすくなると思われます」
マナ術の根幹は正教国で抑えねばならないのは分る。それに対抗できそうな"もの"は、早々に取り込むか排除するかせねばならないのもな。
ただ、赤竜神の巫女と称される者、それが住まう国に敵対するのは早計では無いだろうか?
…まだまだ情報が足らぬ。
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