第4話 真由

 コウちゃんと暮らしてみて、特に気負うこともなく、料理も美味しいと言ってくれて、毎日幸せを感じていた。

 ただ、一日一回は必ずお互いに好きということ、なんて恥ずかしいやら照れ臭いやらなルールを決めちゃって。

 まぁ、それも、ちゃんと言ってます。

 耳元でイケボに囁かれるとね、ふぇええって腰が砕けるのよ。

 最初の頃は耐性がなくて、椅子に座ってからじゃないと言えなかった。


 さて、卒業に必要な単位は取得済み。あとは自分の好きな講義を受けに大学に通っている。友人と会うというのも目的の一つ。

 ただ、忘れていた。会いたくない人も何人かいたこと。

音楽サークルの先輩で何かと絡んでくる人がいて、周りには私と付き合っていると噂を流しているらしい。

 友人たちにはそれは違うから訂正の噂を流すように頼んである。

その先輩、武藤さんが目の前に彼の友人3人と一緒に、食堂にいる私と友人の前に現れた。


「有希、俺以外のやつと結婚するってほんとかよ? 俺たち付き合ってたじゃん」

武藤先輩が私の腕を掴んだ。やだ、触られたくない。

茶色い前髪が私の鼻につきそうになる瞬間、力一杯突き飛ばした。


「付き合ったことなんてないわ! 先輩が私の行くところにいつもいただけじゃないですか!」

うう、非力なわけじゃないのに、ちょっとよろめかせただけだった。

それでも離れてくれたから良いかしら。


「妹さんに聞いたんだ。有希が幼馴染と結婚するから止めるなら今だって! お前だって俺のこと好きなんだろ?!」

どうしてそういう思考になるのかしら。好意を示したことなど一度もないのに。

「私の大好きな幼馴染と愛し合って結婚するんです! 先輩のことなんてなんとも思ってません!」

ここまで言わなきゃわからないなんて、辛い。


「やめろ武藤! 俺たちも知ってるんだ! お前振られてるんだよ諦めろ」

「すまん香川さん、本当に付き合ってないんだね。俺たち武藤のいうことまに受けてたよ。こいつは俺たちでなんとかするから」

「武藤、見苦しい真似やめとけ」

「なんでだよ! 俺の女だぞ!」

「おい、連れていこうぜ、頭冷やさなきゃダメだこれ」


友人たちに引きずられていく先輩を食堂中の人が見ていた。

私は友人や周りの人に騒がせたことを謝ると午後の講義への参加を諦めてマンションへ帰った。


 一人部屋の中で考える。お気に入りのクッションを抱えながらベッドの上で体育座り。思考する時の定番の格好。

それにしても、

「真由、どういうこと……?」

あの人、妹に聞いたって言ってたよね?

どうして真由がそんなことを言うんだろう、まさか本気でコウちゃんを私から奪うって考えてる?


でも、ダメ。真由はコウちゃんを見てないから。


それにコウちゃんが毎日くれる好きに私は応えたい。

私も毎日コウちゃんを好きになってる。


その日、私はコウちゃんに真由のことを相談した。

「一度、話をしてみたい。義妹になる人とうまくやれないのは悲しいからね。何より有希がそんな顔をしているのが嫌だな」

「ありがとう。でも、そんな顔ってどんな顔なのかしら……」

ほっぺたをむにーっと引っ張ってみる。

「っぷ……あはは、いきなり可愛いことしないでよ。有希、大丈夫だよ俺に任せなさい」

「うん、頼りにしてます」


キュッと抱きしめられて、安心する。

言葉の好きも、こうして態度で示してくれる好きも、どちらもコウちゃんの気持ちがこもっていて嬉しい。

私はこれにちゃんと返せているかなぁ。返したいな。好きだなぁ。

そんなことを思っていた。


 二人で実家を訪れたのは、それから二日後の日曜日。

「お母さん、真由いる?」

「いるわよ。あらあらコウちゃんまで、どうしたの?夕飯食べていく?」

いつもふわふわ笑顔の母を見ると毒気が抜けてしまう。

色々な感情が重なってトゲトゲしていた心がほんの少し霧散されたよう。うちの母はすごい。

「夕飯はいただくわ。それより真由に話があって」

内容が言えないのがもどかしい。

私の様子をみて、母は真由と合わせるべきじゃないと思ったのか、軽く邪魔してきている。


「姉さん、もう母さんには話してある。私がしたこと」

「あら、真由。もういいの?お話できる?」

「ありがとう母さん。リビングで話そう。みなと様もわざわざごめんなさい」


母に促され、4人でリビングへ。

母が入れてくれた紅茶を飲みながら、どうして武藤先輩にあんなことを言ったのか聞いた。


「羨ましくて、みなと様のことは私もファンなのに、姉妹なのにどうして姉さんだけって」

一瞬暗い目をする真由が哀しい。

「それであの人に余計なこと言ったのね」


「どうして、真由ちゃんはその人の連絡先を知ってたの?」

コウちゃんが鋭いことを! そういえばそうだわ。私でさえ知らない連絡先をどうして?

「あの人に振られた子が友達にいて、姉さんと付き合ってるからって言われたって、でもそんな事実ないからおかしいなって思って調べたら武藤さんの片想いみたいだし、焚き付けたら姉さんもそっちにいって、みなと様フリーになるって思ったの」


「ないな」

「ないわ」

コウちゃんと顔を見合わせて、深いため息をつく。


「まず最初に言っておくと、私はあの人をストーカーだと思っていました。呼んでないのにいるし、来るし。付き合ってる噂の時は火消しに大変だったし」

少し不安になってコウちゃんを見ると、いつもの笑顔で私をみていた。


「有希が誰とも付き合ったことないのは知ってるよ。叔父さんに聞いていたしね」

キュッと手を握りしめると、そっと大きな手が重なる。暖かくてホッとする。


「私、そのあと自分が何てことしちゃったんだろうって、母さんに相談して」

「ちゃんと謝れるなら会いなさいって言ったのよ。謝れなくて逆恨みするくらいならこのまま縁を切ったほうがいいわ」

しゅんとうなだれる真由。コウちゃんは、困ったように言った。


「俺はね、どうしても有希が好きだから、真由ちゃんとはお付き合いもできない。でも、いい義兄にはなれると思うんだ。真由ちゃんは君をみてくれる人を探したほうがいいよ」

「はい、そうします。それにやっぱり私みなと様をコウちゃんって呼ぶ姉さんってすごいと思っちゃうから、ダメなんでしょうね」

手を握り合ってる私たちをスルーして、それから色々な話をした。


夕飯のメニューは本格中華でした。母の作る青椒肉絲最高。

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