第94話 チュウ太郎


 ティッティーが出て行ってから、およそ一時間が経過した。

薄暗いダンジョンの中は寒く、上半身裸では風邪をひいてしまいそうだ。

早くなんとかしなくては……。


 ゴツゴツした石壁に擦りつけてロープを切ろうとしているのだけど、なかなかうまくいかない。

ひょっとしたら少しは切れているのかもしれないけど、後ろ手に縛られていては確認することもできないのだ。


「あー、腹減った」


 そろそろお昼に近づこうという時刻だ。

手が自由になれば店の商品を食べることもできるが、後ろ手に縛られていてはそんなこともかなわない。


 こうした小部屋にモンスターが出現することは少ないと言われているが、本当だろうか? 

もしも出てきたら、今の俺じゃひとたまりもないぞ。

早いところロープを切ってしまわないとな……。


「チューチュー」

「うわっ!」


 鳴き声に驚いて大きく飛びのいたのだが、そこにいたのは小さなダンジョンネズミだった。

どうやら壁の穴からこの部屋に入ってきたようだ。

モンスターの一種ではあるのだけど、大きさはドブネズミと大差ない。


 こいつらはいきなり人を襲ったりはしないので心配ないのだが、寝ているときに指くらいはかじるそうだ。

変な病気を写されても困る。


「シッシッ!」


 足で追い払ってロープの切断作業を再開した。


 しばらくゴシゴシとロープを擦ってから、力を入れて引きちぎりを試みる。


「んんんんっ! ぷはあ……、まだダメか」


 ティッティーの奴め、無駄に頑丈なロープを用意しやがって。


 肩で息をしながら呼吸を整えた。

そのとき手の甲がズボンの後ろポケットのふくらみに当たる。


 これは何だ? 

ああ、メルルに食べさせたキビダンゴの残りか。

俺が食べようとしていたときにティッティーがやって来て、そのままここへしまったのだったな。


 ん……キビダンゴ? 

…………そうだ、こいつがあればダンジョンネズミをテイムできるじゃないか!


 腕を曲げたり縮めたりと努力して、俺はポケットからキビダンゴを掴みだした。

そして、先ほど邪険にしたダンジョンネズミに優しく呼びかける。


「おいチュウ太郎、さっきは悪かったな。ほら、いいものをやるよ」


 食べやすい大きさにキビダンゴをちぎって、ダンジョンネズミの方へ差し出した。


「チュー……」


 足で追い払われたばかりなので、警戒しているようだ。


「大丈夫、お兄さんは怖くないんだよぉ。ほら、美味しいよぉ」


 猫なで声を作って呼んでみた。

ネズミに猫なで声が通じるかという議論は横に置いといてくれ。

俺も必死だったのだ。


「チュッ」


 俺の態度というよりも、キビダンゴの魅力に釣られてダンジョンネズミが近づいてきた。

先の尖った鼻を上向きにして、しきりに匂いを嗅いでいる。


「そうだ、食べてみろ。うまいぞぉ」

「チュッチュー……」


 なおも警戒していたダンジョンネズミだったが、食欲には抗いきれず、ついにキビダンゴに食いついた。


「よし、いいぞ。お替りもあるからな」


 痛くなるほど首を曲げながら、モショモショとキビダンゴを頬張るダンジョンネズミを見守った。


 やがて、お腹がいっぱいになったダンジョンネズミは逃げることもなく、その場に座ってこちらを見つめてきた。

どうやらテイムが完了したようだ。


「よし、今日からお前はただのダンジョンネズミじゃない。俺のしもべのチュウ太郎だ。わかるな」

「チュー!」


 おお、返事をしたぞ。

人間なんて勝手なもので、今まで憎たらしく思っていたダンジョンネズミも、意思疎通ができるようになった途端にかわいく見えてくる。


 俺は優しいから、一緒に鬼退治をしてくれだなんて無理難題は吹っ掛けないぞ。

このロープを何とかしてくれるだけでじゅうぶんだ。


「チュウ太郎、最初の任務を与えるぞ。俺の手を縛っているロープを、お前の歯で噛み切るんだ。できるか?」

「チュッ!」


 チュウ太郎は一声返事をすると、さっそく俺を縛っているロープへと飛びついた。


 しばらく手首の辺りでモソモソと毛の這いまわる感触がしていたが、プツリとロープが切れ、俺は自由を取り戻していた。


「よくやった、チュウ太郎! ほら、残りのキビダンゴを全部やろう」


 気前よくキビダンゴを分け与えてから、俺はその場に胡坐をかいた。

ティッティーが出て行ってからだいぶ時間を浪費してしまった。

あいつは今、どこにいるのだろう?


 今日はミシェルがダンジョン最深部から戻ってくる日である。

だが、二人が接触していなければ、大惨事を未然に防ぐことはまだ可能だ。


 魔法威力を30%高めてくれるマジカルステッキを取り出し、色とりどりのチョコレートの粒を一気に口へ流し込んだ。


「バリッ、ボリッ、バリッ、ボリッ……ムグムグ、ゴックン。よし、千里眼の準備完了!」


 俺が身に着けたもう一つの特殊スキル「千里眼」を使えば、ティッティーがどこにいるかを探すのは容易い。


 キーワードをティッティーにして検索開始! 


 俺の視界はすぐにヤハギ温泉へと移動した。

あいつ、ヤハギ温泉に戻っているのか。

って、まずい、ミシェルが入り口のところにいるじゃないか!

焦る俺はシャツも着ないでとっておきのモンスターカードを取り出すのだった。

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