第93話 メンドクセっ!


 俺とセシリアさんは地下一階の奥地へと足を踏み入れた。


「地図によるとそろそろですよね、セシリアさん?」

「ええ、この先を左に曲がって、四〇〇メートルくらい行ったところです」


 そこが目的地の小部屋である。

部屋の隅に小さな赤い苔が生えており、強化薬の材料になるそうだ。


 ここまでモンスターとのエンカウントは三回。

いずれも弱いモンスターだったので八連ピストルだけで倒している。

このままいけばモンスターカードの出番はなさそうだ。

念には念を入れてSSSRのカードを用意してきたけど、杞憂きゆうに終わりそうだ。


 角を曲がってしばらく行くと、目の前に錆びた鉄扉が現れた。


「つきましたよ、この部屋ですよね」

「そうです。慎重に入りましょう。私が魔法でバックアップします」

「了解しました」


 ピストルを構えて、足で扉を蹴り開けた。

気分は刑事の強行突入だ。

小部屋の中には――。


「敵影なし! 安全を確認しました。あれ?」


 部屋の中には見慣れないものが置いてある。

誰かが忘れていったのだろうか、床に毛布が敷いてあるぞ。

他にもロープやランタンなど、宿営の用意がされているようだ。


「誰かがここに泊まるのかな?」


 それにしたって無謀なことだ。

ダンジョンの夜は非常に危険である。

夜になるとモンスターは強化され、深い階層のモンスターも地上付近に上がってくるのだ。


「こんなところに宿泊するなんて、よっぽどの腕利きじゃないと危ないぞ……」


 もっと調べてみようと身をかがませたとき、何かが俺の鼻と口を塞いだ。


「っ!?」


 これは……ハンカチ? 

なんだか……甘い香りがする……。

そう考えたのもつか、そのまま俺は意識を失ってしまった。


       ◇


 寒さに震えて目が覚めた。

なんだかやけに頭が痛い。

風邪でもひいたのだろうか……って、なんで俺は裸なんだ!? 

しかも縛られている! 

えっ? えっ? 

ミシェルが新しい性癖を暴走させたのか!? 

って、……ここはダンジョン? 


 そうだ、俺はセシリアさんと地下一階の小部屋に着ていたはずだ。

うん、だんだん思い出してきたぞ。


「お目覚めのようね」


 薄暗い部屋の中に知らない女の人がいた。

ひょっとしてセシリアさん? 

セシリアさんはあろうことか上半身が裸で、白くて大きな胸をさらけ出している。

俺は思わず目を背けた。


「ちょっ、これ、どうなっているんですか? わけがわからないんですけど」

「あら、覚えていないの? 私とい~っぱい、いいことをしたのに」


 いいこと? 

まさか、最後まで!? 

……いや、それはないと思う。

俺は裸だけど、それは上半身だけだ。

下半身はしっかりと服を着たままで、脱がされた形跡もない。

安心感に思わずため息がこぼれた。


「ふふっ、安心するのは早すぎるんじゃないのかしら?」


 ブラジャーをつけながら、女が挑発的に煽ってきた。


「あれ、君は……」

「そう、思い出した? 前王妃のティッティーよ」


 この派手なつくりの顔は忘れようもない。

ミシェルの妹のティッティーだ。


「こんなことをしてどういうつもりだ? 俺を縛って何をするんだ?」

「そんなに焦らなくても、用はもう済んだわ。私たちの記念撮影は終わっているの」


 そう言って、ティッティーは凄艶せいえんに微笑んだ。

彼女の白い指には三枚の日光写真が挟まれている。

まだ日光には当てられていないようで、印画紙は真っ黒なままだ。

あれにはいったい何が写っているというのだ? 


 いや、状況を見ればなんとなく想像はつくが……。


「確認のために聞くけど、何を撮った?」

「訊くだけ野暮ってもんでしょう? 私たちの愛の営みってやつよ」

「チッ……、下種なことを考えたな」


 ティッティーはキッと目を吊り上げて俺の方へ歩み寄った。

そして指を俺の鼻先につきつける。


「それもこれも、アンタたちが悪いのよ!」

「俺たちが何をしたっていうんだ。降りかかる火の粉を払っただけだぜ。アンタたちを破滅へ追いやったのは現在の国王だろうが!」

「うるさい、うるさい! それにアンタは私をブスって言ったわ!!」

「へっ?」


 あー……そんなこともあったような、うん、たしかに言った。


「言ったけど、なんだよ? ミシェルにひどいことをしたアンタが悪いんだろう?」

「ふざけんなっ! これまでも『悪女』とか『あざとい』とか、いろいろ言われてきたけど、ブスっていうのは初めだったんだよ! 最大級の侮辱だわ」


 そうなのか? 


「それで、俺を巻き込んでミシェルに復讐しようと?」

「そうよ。これをミシェル姉さんに見せればどうなるかしら? あーはっはっはっ!」


 ティッティーは勝ち誇ったように笑った。


「アンタ……めんどくせえ女だな」

「ミシェルの彼氏に言われたくないわよっ! 世界一めんどくさい女と付き合っているくせに」

「ミシェルはそこまで面倒じゃねえ。一日にキス三〇回のノルマとか、六〇分の赤ちゃんごっこタイムとかあるけど、アンタほど面倒じゃないからなっ!」

「クソみてえなノロケ話をしてんじゃねえっ! あー、もう付き合いきれないわ!」


 ティッティーは上着を身に着けて出て行こうとした。


「おい待て! その写真をミシェルに見せるのだけはやめろ」


 そんなことをすれば、嫉妬に狂ったミシェルが暴走してしまう。


「バーカ、見せるに決まっているでしょう。この寒いのに、なんのために裸になったっていうのよ。アンタはそこでこの国が破壊されつくされるのを待っていればいいわ」

「それだけじゃない!」

「ええ、アンタたちの間にも大きな亀裂が入るでしょうね」

「違う! マルコはこのことを知っているのか? もし、そんなものがマルコの目に触れたら……」


 そう言うと、ティッティーはびくりと体を震わせた。

どうやらマルコは計画に無関係らしい。


「マルコが悲しむぞ」

「ふ、ふん、それがどうしたって言うのよ。マルコは私が何をしようとも許してくれるわよ。そういう男なの!」


 ティッティーは不貞腐れたように顔を背けた。


 あれ、もしかして、マルコのことを気にかけているのか? 

利用しているだけかと思ったけど、それだけの関係ではないようだ。


「あんた、マルコのことを本気で……」

「そんなことあるはずないでしょう! あれはペットみたいなものよ。よく懐いているからかわいがっているだけ。飽きたら捨てる予定よ。それにマルコには見られないようにするから心配ないわ。ミシェルが極大魔法を出すときには、この国から出ていますからね」


 ティッティーはフンッと鼻を鳴らして部屋を出て行ってしまった。

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