第77話 おフランスの香水


 晴れた日が続いている。

寒さも少し緩んできて、春の訪れを予感させる陽気だ。

雪解けも間近かもしれない。


 駄菓子のヤハギに新しいガチャポンが現れた。

これまでの小さなものとは違い、ジュースの自動販売機のように背が高い筐体きょうたいだ。

クルクルとハンドルを回すのではなく、レバーを押し下げて商品を取り出す仕様になっている。

赤い箱には白い文字で『小宇宙ス』と書かれていた。

しょううちゅうス?

……社名だろうか?


 うちの店のガチャポンと言えばノーム御用達のイメージだけど、今度の商品は冒険者にも人気が出ていた。


 商品名 :おフランスの香水

 説明  :ディアモン、エムロード、サフィル、リュビの四種類がある。

      ディアモン(百合の香り)をつければモンスターから狙われやすくなり

      エムロード(グリーンノート)をつければモンスターが寄ってこない

      サフィル(シトラス系)をつければモンスターを魅了し

      リュビ(バラの香り)をつければモンスターはめまいを覚える

 値段 :300リム


 香水はごく小さな瓶に入っていて、瓶には金色の鎖がついている。

蓋を開けてみると、どの香水も強烈なにおいを放った。


「うーん、いい匂いなのか臭いのかよくわからない商品だな」

「でも、モンスターの討伐には役に立ちそうだぜ」


 店に来ていたガイルが、さっそくポケットから小銭を取り出してガチャポンを引いていた。

年末はドジを踏んで金欠だったが、最近になって少し金回りが良くなったようだ。


 出てきたのはモンスターから狙われやすくなるディアモンだ。

おそらく、強烈な香りで敵のヘイトを一身に引き付けてくれるのだろう。


「ふーん、ディアモンか……。おい、グラッブ。こいつはお前がつけてみろよ」

「おう、わかった」


 グラッブというのはガイルのチームのタンク役だ。

トゲ付きのラージシールドを持つ大男で、ガチムチの巨体を生かした防御には定評がある。

モンスターから狙われやすくなるという特性をもつディアモンなら、彼にぴったりの香水と言えるだろう。

ただ、グラッブに百合の香りが似合うかどうかは別問題だが……。


 グラップは香水の蓋を取り、スキンヘッドの頭にバシャバシャと振りかけた。


「おい、かけ過ぎだって!」

「そうか? へへっ、いい匂いがするな!」


 そんなにかけたら臭いと思うのだが、グラップは気に入ったようでうっとりと目を細めている。


 ここに、百合の匂いがムンムンするタンクが爆誕した。

のちにグラップは鬼百合という似つかわしくない二つ名を得るのだが、それはまだ先の話である。


「ところでヤハギさん、おフランスってなに?」


 ガルムが無邪気に訊いてくる。


「フランスは地名さ。すごく……すごく遠いところだよ……」


 フランスに行きたしと思えどもフランスはあまりに遠し、か……。

前世の記憶がよみがえり少しだけ寂しくなった。


「どうしたの、ユウスケ? 悲しそうな顔をしているよ」


 ミシェルが心配そうに俺の顔を覗き込む。


「なんでもないさ」

「でも……」


 何かを察したミシェルが俺に近づき、そっと耳元でささやく。


「お店が一段落したら奥で抱きしめてあげるね」


 照れながらも励ましてくれるミシェルが愛おしすぎる。


「……シルブプレ(お願いします)」


 今日の俺はフランス語が冴えていた。


       ◆


 冒険者たちがおフランスの香水に群がっている頃、政治犯を幽閉するロンダス塔では、一人の青年が同じく怪しい香りに魅せられていた。

ティッティーがつけた香水(緊縛の薔薇)に捕らえられた下男、マルコである。


 緊縛の薔薇は魅了の効果がある魔法薬だ。

かつてティッティーはそれを使い、姉の婚約者までをも奪い取っている。

そう、前国王もまたティッティーの魔法薬に魅了された一人だったのだ。


 ティッティーに香水の染み込んだハンカチを貰った夜、マルコはまったく寝付けなかった。

夜半を過ぎても頭の中に浮かぶのはティッティーのことばかりだ。

身も心も熱くうずき、ついにはただ一目見るだけでいいからと、自分のベッドを抜け出してしまった。


 ティッティーの寝室まで忍んでいこうとしたマルコだったが、廊下や扉の前には見張りの兵士たちが幾人もいた。

正面から行っては捕まってしまうので、マルコは塔の最上階へと昇っていく。

ありがたいことに暗い階段には誰もいなかった。


 天井に取り付けられた点検窓から顔を出すと、あまりの高さに体がすくむ思いだったが、ティッティーの魔法にかけられたマルコはなんとか耐える。

そして外壁を補修するときに使うロープを使い、ティッティーの寝室の窓まで下りて行った。



 ロープにぶら下がり、自分の部屋の窓を叩くマルコを見て、ティッティーは内心でほくそ笑んだ。

予想通りこの男は私に魅了されたのだ。

あとは言いなりになる奴隷へと仕立て上げればいい。


「貴方、どういうつもりなの?」


 詰問きつもんするふりをしながらも、ティッティーはマルコを部屋へ招き入れた。


「申し訳ございません、王妃様。無礼だとはわかっているのですが、自分の気持ちを抑えきれず、お会いしに参りました」

「どうして?」


 彼女はうるんだ瞳を作ってマルコに尋ねる。


「おしたいもうしあげているからです」


 ティッティーは思わず吹きだしてしまいそうになるのを必死に堪えた。


(あー、うける! こいつガチだわ。ガチで私に魅了されてんじゃん!)

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