第76話 清流の指輪


 長老はお付きの二人に命じた。


「イッチッチ、スクラッチッチ、聖鎧を運ぶための人手を呼んでくるのじゃ。それから『清流の指輪』をここへ持て」

「承知しました」


 二人は頭を下げて、大地に拳を打ち付ける。

すると地面に穴が開き、二人の姿はその穴の中に消えてしまった。


「ヤハギ殿にはすてきなプレゼントを差し上げよう」

「いやそんな、お気遣いなく」

「なんの、なんの。聖鎧はノームにとって至高の宝。お返しをせんことにはワシの気が治らん」


 すぐに大勢のノームがヤハギ温泉へ現れた。


「長老、伝説の聖鎧を手に入れられたと聞きましたぞ!」

「おお、長老がお召しになっているのは最強の騎士と謳われたシャカシャカの聖鎧!?」


 みんな一様に興奮した顔をしている。


「うむ、他にも聖弓ヨイチ、獅子王アリオンなど、すべての聖鎧が揃っておるわい。さっそく宝物殿へ運び入れるのじゃ」


 ノームたちは大はしゃぎでオンリーワンガムの箱を担ぎ上げた。


「獅子王アリオンは俺が運ぶ。君は北冥の蟹仮面を運べよ」

「おい、ふざけるな!」


 どんな商品にも人気・不人気があるようで、誰が何を運ぶかでノームたちは揉めていた。

こういうところは人間も妖精も一緒のようだ。


「さて、ヤハギ殿」


 ぼんやりとノームたちを眺めていたら、長老に話しかけられた。


「先ほどもお話ししたお礼を受け取ってくだされ」


 イッチッチとスクラッチッチが二人がかりで持っているのは、管状の太い指輪だ。

翡翠のように緑がかった光沢があり、とても趣がある。


「これは清流の指輪と呼ばれるマジックアイテムじゃよ。さあ、遠慮なくつけてみなされ」


 呪いの指輪には見えなかったので、言われるがままに指にはめてみた。


「いかがかな?」

「あれ、何だか急に、体が楽になったような……」


 昨晩は遅くまで起きていたのでちょっと寝不足だったのだ。

久しぶりに帰ってきたミシェルがなかなか寝かしてくれなかったから……。

そのせいで今日は何となく怠かったのだけど、指輪をつけた途端に気分がすっきりとしたぞ。


「どうなっているのですか? 心身ともにすっきりした気分です」

「ホッホッホッ、気に入ってもらえたようじゃな。この清流の指輪は体内の魔力循環を整える働きがあるのじゃよ。魔力が滞りなく流れれば、それだけで自己治癒力や身体強化がなされるというもの」

「じゃあ、これさえあれば肩こりや腰痛とは無縁ですね」

「それだけではない、風邪などもひかなくなるし、軽い毒や呪いなら跳ね返してしまうほどの効果があるのじゃ」


 つまり、異様に免疫力が上がるってことかな?


「こんな素晴らしいものをいただいてよろしいのですか?」

「どうせわしらでははめることはできないよ」


 サイズが違いすぎるもんな。

装備できなければ意味はないか。

そう考えて、遠慮なく清流の指輪を受け取ることにした。


 俺は指輪をつけた手をミシェルに差し出した。


「これ、すごくいいぜ。ミシェルもつけてみるか?」


 大きな声では言えないが、ミシェルは慢性の肩こりに悩まされている。

ほら、胸が大きいからね……。

でもこの指輪があればだいぶ改善されるんじゃないかな?


「私はいいよ。それはユウスケが持っていて」

「だけどさ……」

「昨夜もユウスケにマッサージをしてもらったから、今日はだいぶ楽だよ」

「ホッホッホッ、仲が良くて結構なことじゃ」


 長老がニコニコと頷いている。

その言葉にミシェルは急に恥ずかしくなったのか、俯いてしまった。


「恥ずかしがることはない。仲良きことは美しきかなじゃ。そうそう、その指輪を装着したままでマッサージをしてやれば、された人の魔力循環も整うのじゃよ。便利な機能じゃろ?」

「それはすごい」

「うむうむ。それではヤハギ殿、またお会いしましょう」


 長老は地面に杖を突き、穴の中へと消えていった。


「それにしてもすごいなあ」


 これさえあれば、いろんな人の魔力循環を助けてやれるようだ。

俺は自分の指に輝く清流の指輪を見つめた。


「なあ、ミシェル、指輪の効果を試したいんだけど、マッサージをしてもいい?」

「いいけど……。上着は脱いだ方がいい?」

「いや、手のひらのマッサージだけでいいよ」


 たぶん、それくらいでも魔力の流れは整う気がする。

差し出された手のひらを取り、両手の親指の腹を使って、優しくマッサージを開始した。


「あっ……」


 ミシェルのくちびるから悩まし気なため息がこぼれる。


「どう、気持ちいい?」

「うん……、手のひらを圧してもらっているだけなのに、体にたまった毒素が抜けていく感じがする。魔力がすんなり流れだして、今ならいつもより魔法操作が楽にできそうよ」


 効果はてきめんのようだ。


「だったら、マッサージ屋をやってもいいかもな」

「どういうこと?」

「ルーキー相手に格安で魔法マッサージをするんだよ。そうすれば、みんなの身体能力とか魔法能力が上がるだろう? きっと喜ばれるぞ」

「ダ、ダメっ!」


 ミシェルは顔を赤くして全力で否定してくる。


「どうして?」

「ユウスケが他の女の子を触るだなんて耐えられないっ! いいえ、たとえ男の子でも許せないわ。ユウスケとリガールがそんな……エッチよ!!」


 勝手な妄想をしないでほしい。


「おいおい、ただのマッサージだぞ。しかも男相手でもダメって……」

「ダメったら、ダメえええええっ!」


 メルルやミラだけじゃなく、リガールにもしてやれないのかよ? 

まったくしょうがないな……。


「わかった、マッサージはミシェルだけな」

「……ほんとに?」

「ああ、ミシェルだけ特別だ」


 そう言うと、ミシェルは涙ぐみながらも、納得したように強く頷いた。


 やれやれ、マッサージ師としてやっていくことは無理そうだな。

仕方がない、これまで通り俺は駄菓子屋さんとして生きていくとしよう。

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