第78話 ねりねり水飴
駄菓子のヤハギではとある商品が静かなブームを迎えていた。
毎日20個ほど入荷するのだけど昼過ぎにはなくなってしまうほどよく売れている。
それがこちらだ。
商品名:ねりねり水飴
説明 :カップに入った水飴。
イチゴ、レモン、アップル、サイダーの四種類の味がある。
食べると素早さが上昇
値段 :50リム
小さなカップに入った水飴である。
二本の棒が付属していて、空気を含ませるように混ぜると白くなり、ふんわりと口当たりがよくなる。
疲れた体に優しく、素早さも上昇するとあって発売当初から人気があった。
だけど、ブームの秘密はそれだけじゃない。
他にも説明書きにはない利用法があるらしい。
付属の棒でサイダー味の水飴をかき混ぜながらメルルが教えてくれた。
「きっかけはまったくの偶然だったみたい。とある冒険者が休憩中にねりねり水飴を食べていたのよ」
甘いものは疲れた体を癒してくれる。
おかげで俺の商売も繁盛しているのだ。
「そいつはソロの冒険者だったんだけど、不用心にも通路の岩に腰かけて水飴を食べていたんだって」
「おいおい、俺だってそんなことはしないぜ」
「普通はやらないよね。でもそいつは安全確保を怠るくらい疲れていたみたい」
「それで道端に座って水飴か」
「うん。でも、ダンジョンは駄菓子ほど甘くない。たちまちアーミーアントが現れて襲わたそうよ」
アーミーアントは小型犬ほどの大きさはある蟻のモンスターだ。
一体一体の力は弱いけど、奴らは群れで襲ってくる。
ソロの冒険者が囲まれたらひとたまりもないだろう。
「二十匹のアーミーアントに囲まれて、その冒険者は死を覚悟したんだって」
「逃げ道がなくなったらどうしようもないか」
「ところがね、その冒険者は無事に囲いを抜け出すことができたの」
「どうやって?」
よほどの腕利きでなければそんなことは不可能だ。
安全確保を怠るような素人では殺されるに決まっている。
「アーミーアントたちは冒険者を襲わずに、ねりねり水飴に群がったのよ。しかも、ねりねり水飴を巡って殺し合いが起こってしまうほどの熱狂ぶりだったみたい」
冒険者は辛くも脱出し、岩陰からアーミーアントたちが殺し合うのを見ていたそうだ。
やがてねりねり水飴を食い尽くしたアーミーアントは引き揚げていったが、十体以上の個体が同族殺しで消滅していた。
アーミーアントの平均ドロップ金額は200リムほど。
その冒険者は戦闘をすることなく2400リムの収入を得たそうだ。
その情報が徐々に広まって、今のブームに繋がっているわけだ。
「見ているだけで儲かるなら楽でいいよな」
「まあね。と言っても、全く危険がないわけじゃないんだよ」
「というと?」
「アーミーアントの生息地までは遠いし、アーミーアントが隠れている人間に気がつくこともあるもん。ねりねり水飴に誘われて捌き切れないほどのアーミーアントが集まってしまうことも考えられるわ」
なるほど、ダンジョンは水飴ほどには甘くないということか。
「それで、ブームの方も微妙な盛り上がりというわけか」
「そういうこと。私は狩りに関係なく、水飴が好きだから買ってるけどね。全種類をもう一個ずつちょうだい!」
メルルはおやつを食べ終えて狩りへと戻っていったが、入れ違いに一人の青年が店へやってきた。
初めて見る青年だ。
装備はしっかりしているが冒険者のものではない。
古い正規兵の鎧をつけている。
冒険者には兵隊くずれも多いから珍しいことじゃないけど、ダンジョンには慣れていないようだ。
見慣れない商品が並ぶ棚を、青年は戸惑うように観察している。
万引きかと思ったけど、どうもそのような様子はない。
声をかけてみるか……。
「いらっしゃい。何かお探し物ですか?」
「あ、こ、こんにちは。その……アーミーアントを狩るお菓子があるって聞いて……」
おやおや、こちらのお客さんも水飴目当てか。
「はいはい、ねりねり水飴ですね。さっき食いしん坊の冒険者が四つも買っていったから残りはサイダー味とレモン味が一個ずつですよ」
「あ、はい……。じゃあそれを」
ぎこちない手つきで財布を出す青年が心配になってしまう。
「ちょっと聞いていいですか?」
「な、なんでしょうか?」
「あなた冒険者じゃないですよね」
「じ、自分はロンダス塔の……。いえ、その……とあるお屋敷で働いています」
「お仕事があるのにどうしてダンジョンに?」
目の前の青年は一攫千金を狙うようなギラギラしたタイプには見えない。
おとなしそうな顔で戦闘経験も少なそうだ。
「どうしてもお金が必要になりまして……」
なるほど、人の事情はそれぞれだ。
だけどなあ、ずぶの素人がいきなりアーミーアントを狙うなんて無茶過ぎる。
「お客さん、仲間は?」
「ソロです……」
それで噂を聞いてアーミーアントを狙っているわけか。
ソロでも金を稼げるという話をどこかで聞いたのだろう。
だけど、メルルが言った通りダンジョンに危険はつきものだ。
不慣れなこの人が上手に狩りをできるとは思えない。
お節介かもしれないけど、この人は善良そうだし、このまま行かせるのは気が咎める。
「私はダンジョンで駄菓子屋をしているヤハギです。あなたは?」
「あ、自分はマルコです」
「マルコさん、悪いことは言わない。アーミーアントはよしといた方がいいよ」
「助けてあげたい
女絡みか……。
目の前の青年は必至だ。
「それでお金が必要になったんですね?」
「はい……。二人して外国で暮らすんです。そのために休日はダンジョンで……」
普段はお屋敷の仕事をして、休日はダンジョンで狩か。
よっぽどその女性が大切なんだろうな。
青年の健気さにほだされて、俺はちょっぴりお節介を焼くことにした。
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