第73話 気質全開


 速やかにお宝探しが始まった。

他のレスプラスが帰ってくるという事態だって考え得るのだ。時間はかけない方がいいに決まっている。


 メルルは拷問道具が並べられた棚をひっくり返し、ミラは部屋の中央に敷かれた敷物もめくりだした。


「待て、待て。掃除と探し物の極意を教えてやる」

「なにそれ?」

「上から下へ、奥から手前へ、だよ」


 ミシェルはきちっとした性格で綺麗好きだけど、どこか抜けているところがある。

そのせいか失くしものをすることが多いのだ。

ちょっとしたアクセサリーやハンカチ、時には下着なんかが見つからなくなることもある。


 そんなときはいつも俺の出番だ。

今言った要領で、丁寧に探せば必ず見つかるのである。

レプラスのお宝だって例外ではないだろう。


「じゃあ、向こうの部屋の奥からやってみましょう」

「うん、わかった」


 たいした時間もかけずに、俺達は寝台の下に金属製の箱を見つけた。

前世の日本でよく目にした、みかんの段ボール箱と同じくらいの大きさだ。


「絶対これだよね……。うん、罠はないみたい」


 宝箱を調べていたメルルが緊張した手つきで蓋に手をかけた。

力を込めてゆっくり持ち上げると、箱は音もたてずに開いていく。

中身は銀貨や魔結晶、数枚だが金貨もあった。


「おおおおっ! 予想以上じゃない。ずいぶんと貯めこんでいたんだね」

「驚きです。全部でいくらくらいあるのでしょう?」

「少なく見積もっても100万リムはあるな」

「100万!?」

「ああ、魔結晶は抜いた現金だけでもそれくらいだと思う」


 金額を耳にしたメルルとミラだったけど、まだ現実味が湧いていないようだ。

ぽかんと呆けた顔で煌めくお宝を眺めている。


「100万っていったらあれだよね、あの、その、家賃の二十五か月分」

「これだけあったら実家に仕送りができます……」

「よし、金勘定は帰ってからだ。こんなところはさっさとおさらばしようぜ」


 現金と魔結晶を三つの麻袋に移し替えて、それぞれが背負った。


「いくよ」


 メルルが短く告げて、俺達は表へと飛び出す。

ところが、間の悪いことに通路の奥から七体のレプラスが姿を現したではないか。

きっとここに巣くう他のレプラスたちだろう。

お宝を得た今、奴らと正面から戦うのは得策じゃない。


 俺はマジックスモークを取り出して煙幕を張る。

そしてやみくもに八連発ピストルを全弾発射した。

これで少しは時間稼ぎになるだろう。

そのうえでさらにモンスターチップスカードも取り出す。


「モンスター召喚、発動! 出でよ、Cケルピー!」


 ケルピーは水辺に住む馬のようなモンスターだ。

名馬に化けて、捕まえようとした人を水の中に引きずり込む。


「ユウスケさん、ここは撤退だよ!」

「わかっている。モンスター召喚したからといって、必ず戦うわけじゃないさ。ケルピー、伏せ!」


 命令を下すと、ケルピーは犬のように地面に伏せた。

俺はすかさずケルピーの背中にまたがる。


「ミラもメルルも早く乗れ!」


 召喚時間は三分だけど、ケルピーの足はモンスターの中でもかなり速い。

三分もあれば敵を引き離すことはできるだろう。


 俺の意図を察したメルルとミラがすぐにケルピーへ飛び乗った。


「走れ、ケルピー!」


 俺たち三人を乗せたケルピーはダンジョン三階の階段に向かって猛然と走り出した。


   ◇


 その日の午後、駄菓子のヤハギには『臨時休業』の札をかけた。

扉はしっかり施錠して、ガラス戸にはカーテンも引いてある。

中の様子は一切うかがえないようにしたのだ。


 耳を澄ましたって俺たちの声は聞こえないだろう。

畳敷きの奥座敷に集まって、俺達三人はひっそりと取得物の点検をしていた。


「97,98,99,100と……」

「ま、まだあるの?」


 十枚ずつ積み上げた銀貨を数える俺に、メルルが震える声で尋ねてくる。


「落ち着けって。銀貨は全部で1000枚だ。これに26枚の金貨を足せば……360万リムか」

「360万!」

「シーッ! メルル、声が大きいってば」

「う、うん……ごめん。でも360万リムよ。三人で分けても、えーと……」

「120万リムだ」

「ひゃ、ひゃくっ! むぐぐ」


 再び叫び声を上げようとしたメルルの口をミラが手で塞いだ。


「静かにってば」

「プハッ! ご、ごめんって。もう騒がないよ。でもどうしよう、手の震えが止まらなくなってきた」

「私もです。まさか120万だなんて……」


 最初は30万リムくらい、一人につき10万リムくらいのお宝と考えていたのだ。

それが蓋を開けてみればこの金額である。

ようやくルーキーを脱した二人にとって、120万リムはかなりの大金なのだろう。

言ってみれば、大学生がいきなり120万円の宝くじを当ててしまったみたいな感じか? 

貨幣価値を考えればもっとすごいことなのかもしれない。


「このことはみんなには内緒にしようね」

「ええ、わざわざ大金を手に入れたことを宣伝することもないです。狙われでもしたら元も子もないですから」

「そうだな」


 ガン! ガン! ガン!


 突然扉がノックされ、俺達は身をすくませて飛び上がった。

どうやら客が来たらしい。


「ど、どうしよう?」

「とりあえず、金を袋にまとめるんだ。見られないように二階へ持っていってくれ」

「わかった!」


 三人がかりで1000枚の銀貨をジャラジャラと袋に詰めていく。

その間にも扉は何度もノックされた。


「ユウスケ、居ないの? 私よ、ミシェルよ!」


 俺はホッと胸をなでおろす。

ダンジョン最深部へ行っていたミシェルが帰還しただけだった。


「おかえり、ミシェル」


 俺は小走りに駆けて行って扉を開く。


「もう、どうしたの? 鍵がかかっているし、カーテンも閉め切っていたから心配したじゃない」

「いや、ちょっとね」


 そのとき、ミシェルが座敷の奥にいたメルルとミラに気がついた。

二人ともひきつったような笑顔を見せている。


「あ……」

「どういうことなの?」


 ミシェルの声のトーンが一段下がった。


「おい、誤解するなよ」

「メスガキたちと何をやっていたのよーっ! どうせ私みたいな暗い女なんて」

「違うって!」

「ユウスケを殺して私も死ぬっ!」


 久しぶりのヤンデレ全開!? 

しかも暴虐的なまでの魔力が高まっているんですけど!!


「ミシェル、極大魔法の詠唱をやめろっ! いいからコイツを見てくれよっ!」


 目配せすると、気を利かせたメルルが畳の上に袋の中身をぶちまけた。

銀貨と金貨がジャラジャラと音を立てながら畳の上にばらまかれる。


「え?」

「レプラスの巣を探索してお宝をゲットしたんだよ。それで皆に気づかれないように、金勘定をしていただけだ」

「ハ、ハーレムプレーを楽しんでいたんじゃ……」


 どこでそんな言葉をおぼえてくるかね……。


「そんなわけあるかよ。俺はミシェル一筋なんだぜ。少しは信じてくれよ」

「ごめんなさい。私はてっきり……」


 さっきまでの激高が嘘のようにミシェルがしょげかえっている。

まあ、疑われても仕方がないようなシチュエーションではあったよな。

後で俺も謝って、二人でよく話し合っておくとしよう。


「今夜は一緒にいてくれるか?」


 耳元でそう囁くと、ミシェルは真っ赤になって小さく頷いた。

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