第72話 太陽と月の部屋
右か左か、レプラスはどちらに行ったのだろう?
千里眼を発動させるため、体内の魔力を循環させながら考えた。
手負いのレプラスで検索すれば奴の様子はすぐにわかるだろう。
だけど、それがどこであるか、詳細は分からない。
調べるにしたって時間がかかる。
だったら過去を垣間見て、奴が通った道を探る方が手っ取り早いだろう。
過去を見るには膨大な魔力が必要だが、見たいのはほんの一分くらい前の出来事だ。
それくらいなら体への負担も少なくてすむと思う。
たぶん……。
考えがまとまった俺はステッキチョコレートを取り出した。
これを使えば魔力は30%増しになる。
胸の前で構えて、振り下ろし、全身の魔力を向上させた。
『進みますか、それとも戻りますか?』
頭の中でいつもの声が響く。
俺は「戻る」を選択して分岐路を見つめた。
周囲に
しばらくは何もないダンジョンの通路だけが見えてきたが、やがて荒い息遣いとドタドタという足音が聞こえてくる。
そして、右手のないレプラスが俺の視界へと入ってきた。
レプラスは一瞬だけ戸惑う様子を見せたが、後ろを振り返ってから右の通路へと進んだ。
これだけ分かればじゅうぶんだ。
俺はすぐに術を解いた。
「右だ。右へ行ったぞ」
「なんでわかるのよ?」
メルルが質問してくるけど、千里眼の力は内緒なのだ。
「今は説明している時間がない。とにかく行こう」
「メルル、ユウスケさんを信じてみよう」
ミラがそう言ってくれたので、メルルもこの場は納得してくれたようだ。
俺たちは再びレプラスの後を追った。
走り出してすぐに胸に小さなトゲでも刺さったような痛みが走った。
チクチクとした癪に障る痛みで、思わず舌打ちをしてしまう。
「チッ」
「どうしましたか?」
「なんでもない。少し調子が悪くなっただけさ」
ミシェルによると、保有魔力量が上がれば、こうした不快感は軽減するらしい。
ステッキチョコレートで無理やり上げているからこんな目に遭うそうだ。
もう少し修行が必要だということだろう。
「いたよ」
前を走っていたメルルが手を上げて囁いた。
岩陰から覗いてみると、レプラスは太陽と月のレリーフが施された壁の前に立っていた。
そして残っている左拳を振り上げ、やおら壁を叩きだす。
ゴンゴンゴン、ゴンゴンゴンゴン。
太陽を三回、月を四回叩き終わると、レリーフのある壁が二つに割れて、入り口が姿を現すではないか。
「あんなところに仕掛けがあったなんてね」
驚いているメルルに訊いてみる。
魔法で身体強化をしている彼女は、俺よりずっと視力がいいのだ。
「中の様子は見えた?」
「この角度じゃ無理ってもんだよ。イチかバチか突撃してみるしかないかな」
「それはちょっと待って」
俺は再びその場に腰を下ろして千里眼を使うことにした。
今度は壁を通り抜けるだけだから、ステッキチョコレートも必要ない。
「また、変なおまじない?」
「いいから、ちょっと待っていてくれ」
目を閉じて千里眼を発動させた。
視点をどんどん移動させて太陽と月の壁までやってくる。
実体を持たない状態なので、壁を叩いて扉を開く必要もない。
俺はそのまま石壁を素通りして、レプラスの巣へと乗り込んだ。
「うげっ!」
思わず吐き気を催してしまった。
それもそのはずで、壁にはひどい状態の冒険者が鎖で繋がれていたからだ。
すでに絶命しているようで、白く濁った瞳に生気は宿っていない。
体には痛ましい拷問の痕があるけど、きっとレプラスにやられたものなのだろう。
いちいち並べ立てるのも酷なほど様々な種類の損傷が見られる。
奴らは人間をいたぶることが趣味だと聞いていたが、これほどのものとは予想もしなかった。
改めてダンジョンの恐ろしさを知った気がする。
「ユウスケさん、大丈夫ですか? しっかりしてください」
ミラの声がどこか彼方から聞こえてきたような気がする。
俺は気をしっかり持ち直して周囲の様子を確かめた。
部屋の中央には焚き火があり、火の上には大鍋が掛かっていた。
何かを煮ているようで、一体のレプラスがお玉で中身をかき回している。
部屋の隅に人骨が積まれていることから、おそらく料理の材料は人間なのだろう……。
再び込み上げてきた吐き気をこらえて、視線を部屋の奥に移す。
すると先ほどのレプラスが自分の腕に布を巻きつけているところだった。
どうやら他に仲間はいないようだ。
俺は千里眼を解いてメルルとミラに向き直る。
「手負いのレプラスともう一体だ。奇襲をかければ倒せるんじゃないか?」
「それなら問題ないけど、どうして中の様子がわかるの?」
「占いみたいなものさ。信じてくれ」
「占いか……。わかった、ユウスケさんを信じるよ」
メルルもミラも俺に向かって頷いてくれた。
レリーフの前にくると、俺は八連発ピストルを、ミラはマジックロッドを構えた。
メルルも
ゴンゴンゴン、ゴンゴンゴンゴン。
すぐに壁が二つに割れて、暗い入り口が現れた。
情報はあらかじめ伝えてあったので、俺とミラは突入と同時に鍋の前に座っていたレプラスを仕留めにかかった。
俺のピストルが火を吹き、ミラの放った風刃が乱舞する。
ろくに抵抗することもできずに、鍋の前にいたレプラスは焚き火の横に倒れた。
すぐに奥から手負いのレプラスもやってきたけど、そちらも魔法とピストルでとどめを刺した。
狭い室内で動きが制限されていたのと、すでに負傷していたおかげで、倒すのに苦労はなかった。
「終わりましたね」
「ああ……うぐっ!」
そのときになって、室内の腐敗臭が鼻をつき、俺はついに胃の内容物を吐き出してしまった。
「もう、しっかりしてよぉ」
文句を言いながらも、メルルが背中をさすってくれる。
こういう優しいところがあるから憎めないキャラなのだ。
「うえぇ……」
「こんなシーンをミシェルさんに見られたら殺されちゃうかもだよ。しっかりしてよね」
そんなことを言いながらもメルルは背中をさすり続けてくれた。
「ごめん。もう大丈夫だよ。それよりも、壁のあの人を埋葬してやろう」
「そうだね……」
三人で穴を掘って、傷ついた冒険者を埋葬した。
扉を開けた状態でミラが風魔法を使うと、部屋の臭気はだいぶ薄まった気がする。
「さてと……、それじゃあお宝を探しますか!」
気持ちを切り替えるように、メルルが明るい声を上げる。
俺とミラも力強く頷いた。
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