第3話
鶴子は幼い頃に母親を亡くし、男手一つで育てられた。父親は小さな会社を経営していたという。
経済的には不自由のない暮らしであり、鶴子の大学も、国立ではなく金のかかる私立だったのだが……。
大学に入って半年が過ぎた頃、不幸は起こった。
運転資金を騙し取られて会社経営が立ち行かなくなり、精神的にも追い詰められた父親が、自殺してしまったのだ。
借金ばかりが遺された結果、鶴子は大学を辞めて、夜のお店で働くようになったのだという。
「ごめんなさい、ヘビーな話で……」
「いや、構わないよ。仕事柄、似たような話は何度も聞いてきたから。もちろん、経営コンサルタントに持ち込まれるのは、倒産する前の段階だけどね」
「あら、そうでしたね。猿渡さんはコンサルタント企業ですから……。でしたら、もっと早くに猿渡さんとお知り合いになれたら、私の父も助けてもらえたのかしら」
冗談っぽい口調で、鶴子はクスッと笑う。
笑い飛ばせるような話ではないが、こういう態度を取らざるを得ないのだろう。そう思った猿渡は、相応の返し方をする。
「どうだろうね。状況次第では、僕でも無理だったかもしれない。神様ではなく、しょせん『猿』だからね。猿渡だけに」
最後の一言は余計だったが、つい口から出てしまった。
コンサルタントの話題になったからだろう、と猿渡は思う。
猿渡は優秀な経営コンサルタントではなく、むしろ悪徳業者だった。顧客の会社経営を助けるどころか、仕事を通じて得た情報を利用して、相手から金を騙し取ることも多かったのだ。
昔話の猿蟹合戦に出てくる猿みたいに狡賢い。猿渡は自分自身をそう認識していた。
猿蟹合戦といえば、蟹みたいな男を相手にしたこともある。
四角張った赤ら顔で、名前は加仁田。外見だけでも名前だけでも蟹は連想しなかっただろうが、二つ合わさったせいで『蟹』という印象になっていた。
その加仁田に対して猿渡は「会社の経営資金を簡単に増やす方法がある」と持ちかけた。「内緒だが絶対に高騰する株を保持している」と言って、暴落寸前の株を大量に売りつけたのだ。
かわいそうに加仁田は「配当金だけでも会社の運転資金には十分だから」という言葉を信じてしまった。猿蟹合戦の蟹が柿の種から芽が出るのを待つように、配当金を楽しみにしていたようだが……。
大事な株券は結局、二束三文の紙切れになってしまい、加仁田の会社は倒産。加仁田自身は首を縊ったという。
それこそ鶴子の父親も、この加仁田と同様のケースだろう。とても彼女には言えないが、猿渡は「騙される方が悪い」と思うのだった。
「あらあら。猿渡さんが『猿』なら、私は『鶴』でしょうか」
「そうだね。鶴子ちゃんは『鶴』だから……。鶴の恩返しかな?」
猿渡が鶴の恩返しを持ち出したのは、密かに猿蟹合戦を思い浮かべていたが故の、昔話繋がりだった。
「お父さんが騙された結果、鶴子ちゃんは夜のお店に落ちたのだから、いわば罠にはまったようなもの。鶴の恩返しの冒頭、狩猟罠につかまった鶴と同じじゃないか」
「あら、猿渡さん。夜のお店に『落ちた』って言い方は、失礼じゃありません? うちは健全な店ですのよ。風俗ではなくて」
口を尖らせて怒ったような顔を見せるが、あくまでも冗談だった。その証拠に、猿渡を嫌がるどころか逆に、彼女は彼の手の上に、そっと自分の手を重ねてくる。
今さらのように、猿渡は思い出す。ここはキャバ嬢との過度なスキンシップも許される店であり、この程度は序の口に過ぎない、と。
「僕が鶴子ちゃんを助け出したら、鶴の恩返しみたいに、何か恩返しを期待していいのかな?」
「助け出すといっても、風俗ではないのですから、身請けなんてありませんよ? でも、たくさんご贔屓にしていただけたら嬉しいですわ」
そう言って微笑む鶴子の手を、猿渡は、ギュッと握り返すのだった。
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