第2話

   

「へえ! 猿渡さん、会社の社長さんなんですか?」

「会社といっても、小さなコンサルタント企業だけどね」

 酒が進むにつれて、いつのまにか猿渡は、普通に自分の身の上を語っていた。

 別に隠す必要もないが、かといって、飛び入りで訪れたキャバクラで話すようなことでもない。鶴子が聞き上手だから、自然に色々と引き出されているのだろう、と猿渡は思った。

「小さいとか大きいとか、関係ないですよ。コンサルタントって、他の会社の経営にアドバイスするお仕事ですよね? たくさんの会社に影響を与えるなんて、凄いなあ……」

「まあ、業務内容としては、そんな感じかな」

 感心した口調の鶴子に、曖昧に返す猿渡。あまり『業務内容』に関して突っ込んだ質問はされたくないのだが、幸い、鶴子の方から話題を変えてくれた。

「そもそも猿渡さん、その若さで社長さんだなんて、それだけで尊敬に値します!」

「あれ? 鶴子ちゃん、僕のこと、いくつだと思ってる?」

「もちろん私よりは年上でしょうけど、それほど大きく離れていませんよね……?」

「いやいや、鶴子ちゃんの父親くらいの年齢だよ」

「ええっ? びっくり! 若く見えますよー」


 キャバ嬢の言葉なんて、しょせん口だけだ。頭ではわかっている猿渡だが、鶴子の口調や態度を見ると、本心で言っているようにも思えてしまう。

「大学時代に仲良くさせていただいた先輩と、ちょうど同じ年齢くらいかな、って思ってました……」

「おいおい。鶴子ちゃんの元カレと同い年は、さすがにないだろ。それじゃ僕みたいなおじさんが、鶴子ちゃんの恋愛対象ということになってしまうよ?」

「あら、違いますわ。いえ、違うといっても、恋愛対象かどうか、って部分じゃなくて……」

 慌ててパタパタと手を振りながら、鶴子は続ける。

「……『元カレ』の部分。『大学時代に仲良くさせていただいた』というのは、本当にただの先輩でしたから」

「そうかい? 鶴子ちゃんくらい可愛かったら、大学でもモテただろ?」

「そんなことないですよ! そもそも私、大学は途中で辞めちゃいましたから……」

 それまでの笑顔が微妙に曇り、鶴子は目を伏せる。

「そうか、大変だったんだね」

 自然と、そんな返しが猿渡の口から出ていた。

 キャバ嬢というより真面目な女子大生。それが鶴子の第一印象だっただけに、大学中退というのは納得できる話だったのだ。

「あら、ごめんなさい。場を盛り下げるような、暗い話を……」

「いや、構わないよ。鶴子ちゃんが嫌じゃなかったら、むしろ聞かせてもらいたいくらいだ。どんな話でも受け止めてあげるからね」

 包容力のある態度を見せるが、親身になって耳を傾ける、というつもりはなかった。むしろ一歩引いたところから、完全に他人事として聞くつもりだった。

 人の不幸は蜜の味。それが猿渡の信条の一つなのだから。

 そんな彼の内心を知らずに、鶴子は語り出す。

「では、お言葉に甘えて……」

   

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