Like an angel.(3)

 息子が生き返ったのかと思った。私の愛するあの子が。あの日、雨の中、傘もささずに呆然と立ち尽くしていた金髪の少年の周りには、保護者らしき存在が見当たらなかった。それで無性に気になって声をかけ……交番へ連れて行ってそこで別れはしたものの、やはり気になって数日後に連絡してみたところ、引き取り手はおろか、少年本人の記憶すら戻らないと言う。

「これ以上こちらで保護し続けることもできませんのでね、一時的に施設に預ける手続きをしているところです」

 若い警官の言葉に、それならと、つい名乗りをあげてしまったのだ。

「私の家で一時的に保護するわけにはいかないだろうか」

「旦那のお屋敷で? いや、しかし全く無関係の人間に預けるわけにはいきませんよ……いくら旦那とはいえ……」

 警官はうろたえたが、この街ではそれなりに知られている私の事情を汲んでくれたのか、毎日様子見に訪問することを引き換えに、許可してくれた。そういう経緯で、少年は私の邸宅にやって来た。

「おじさま、お世話になります」

 少年はドアの前で、深々と一礼した。自分の名前もどこに住んでいたのかも、通っていた学校も思い出せないという話だが、礼儀がなっている。空色の大きな瞳が私をまっすぐに見上げ、ほんの少し、はにかんだ。

 息子も、よくはにかんだような笑いを浮かべる子だった。とても人見知りで、初めて会う人間の前になかなか出ることができなくて、私の後ろから顔を出すばかりだった。まだエレメンタリースクールの中等生だった。

「おじさまは、おひとりなんですか」

 食事の席で遠慮がちに、少年はそう尋ねた。小さな口で、ぽつりぽつりと静かに食事する子だ。

「妻は息子を産んですぐに亡くなってね。その息子も今はもういない……君は息子によく似ている。少しの間だけでも一緒にいてくれて、私は嬉しいよ」

「そう……なんですか」

 幼いなりに聴いてはいけなかったのかもしれないと思ったのだろう、一瞬目を伏せた少年は、食事の席だというのに椅子から降りて、私の元へと小走りで寄って来た。

「おじさま」

 小さな手が差し出され、私は思わず、それを握った。

「ぼくは本当に感謝しています。おじさまのように優しい人に出会えて。ぼくは……ぼくではとてもご家族の代わりになどなれませんが……、少しの間だけでも、おじさまの側に、いさせてください」

 返す言葉が見つからなかった。ただ目頭が熱くなるのに耐えながら、私はその暖かい手を強く握り直した。

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