like an angel.(2)

 そもそもの発端は、天使が教会に無断欠勤したことだ。俺のストーカーでもしているのか、なぜだかやたらと街中で会う新米エクソシスト・マイケルからその欠勤の理由に心当たりがないか聞かれ、様子を見に行ったのだ。律儀なあいつが無断欠勤なんて、何か事情があるのかもしれない。しかし訪ねたアパートも空で、俺は途方に暮れてしまった。あいつが行きそうな所は全て周り、使い魔達にも無理を言って捜索させたが、それでも見つからない。

 以前にも一度、あいつは人間の呪いを代わりに引き受けて、長い眠りについていたことがある。そのときは事前に、所属する教会の人間たちから自分の記憶を消してしまっていたようだが……今回はそういう訳ではなさそうだ。

 しかしどうしたものか。やはり天界に赴いて、大天使に会わなくてはいけないか……。などと数日間悶々としているところに、元人間の使い魔、ダイアナが、ある知らせをもたらしてくれた。

「天使サマに激似の男の子なら、さっき見かけたけれど……でも、すごく高そうな車に、お父さんっぽい人と乗っていたから、多分別人よね」

 手がかりになりそうな情報はそれしかなかったので、俺はそれに縋ることにした。ダイアナがメモしておいてくれたナンバーから持ち主を割り出し、見に行ってみたら……ビンゴだった。

 金持ちの坊っちゃま然とした服装に身を包んでいたが、その魂は見間違えるはずがない。白く輝く、俺の天使のものだった。

「何かの仕事か……? それとも事故か?」

 屋敷の外から烏の姿で眺めているうち、使用人たちの会話から、ことのあらましがわかってきた。どうやら天使は帰る家が分からなくなってさまよっていたところを、見かねた主人に保護されたらしい。

 なお数日間観察して、俺はひとつの確信を得た。

 天使は記憶を失っている。

 おそらくは、何らかの仕事のために子供に変身した後で、物理的な衝撃、もしくは変身の不具合によって記憶を失ってしまったのだ。確か以前にも、猫に変身して戻れなくなったことがあった筈だ。

「あいつ、変身苦手なのか……?」

 それはそれで俺の天使サマらしいが。

 などと独りごちつつ、俺は大邸宅の正門前に立ち、ブザーを鳴らした。

「こんにちは。メイドをお探しだと、新聞で拝見いたしました……」


 大邸宅の主人は、ロマンスグレーの、上品な初老の男だった。代々続く資産家らしく、汗水垂らして働いたことなどなさそうな、細く、やわな体つきをしている。面接で数分会話しただけでも、その魂がほとんど白を保っていることがよく分かる、善良な人間だ。

 ともあれ、新入りメイドのメアリ・アンは瞬く間にその働きを認められ、雇用後二週間にしてメイド長に抜擢されることとなった。別に長になどならなくとも、記憶を失った天使の様子を近くで見ていられればそれで十分だったのだが、前メイド長がどうしてもと言うので引き受けた。まあ、悪魔としての常の仕事量から考えれば遊びのようなものではあるし、上に立って指示できる立場になれば、それだけ自分の仕事の調整もきく。

 問題は、ここに来てそろそろひと月が経とうというのに、一向に天使の記憶が戻らないことだ。

「御坊ちゃま、何か思い出したことはありませんか」

 毎朝、着替えを持って行く度に聴くようにしているが、天使は困ったような顔で首を振るばかりだ。

「メアリ・アン、ぼくはおじさまの迷惑になっているよね」

「いいえ、御坊ちゃま。迷惑など、とんでもございません。ご主人サマは御坊ちゃまがいらっしゃることをとても嬉しくお思いなのですよ」

 これまた毎朝交わす言葉だ。そしてそれは、まごうことなき事実だった。

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