maid in heaven.

「メイド服?」

 穏やかな春の朝。事前に電話したとは言え突然訪問した俺に手ずからコーヒーを振る舞ってくれた愛する天使が、空色の瞳を丸くした。

「メイドって、あの? 何で私が?」

「あの、じゃない。おそらく、お前がイメージしているのとはだいぶ違う」

「そ、そうなのかい?」

 疑問符だらけで首を傾げる天使に、俺は持ってきた紙袋を渡した。中身を確認し、天使の首がますます斜めになる。

「これ……私たちの知ってるメイド服じゃないよね」

「ああ。俺たちが知ってるのはそんなに過剰なフリルはついてないし、そんなにスカート丈が短くないし、エプロンだってもっと控えめなデザインの筈だ」

「じゃあ、これは?」

「この間、日本へ出向いた時に存在を知ってな」

 天使は口をぽかんと開けた。

「それは答えになっていないよ」

「ん……。つまりだな、そういう物があると分かったから、麗しの天使サマに着て欲しくなったってことさ」

 天使の口が閉じない。本気で意味がわからないのだろう。

「これは女性用だろう、と言いたいんだろ。その通りさ。でも天使に性別なんて関係ないだろ。ましてや何よりも美しい魂のお前だ、きっと着こなせる」

「いや、そういう話ではないんだけど。……まあ、別にいいよ。実際、私自身は男性の服装だろうが女性の服装だろうが、気にはならないしね」

「流石は俺の天使サマ。お優しい」

 快諾してはくれたものの、やはり首を捻りつつ、天使は着替えに行った。数分後戻ってきたメイド服姿の天使は、やはり俺の想像に違わず可愛らしく美しかった。黒地のメイド服に、多すぎるフリルのついた白いエプロンが目に眩しい。本来であればあり得ない丈のスカートの裾から、可愛らしい膝頭が覗いている。

 天使は裾を軽く押さえながら俺を見た。

「これを着るなら、私は女性の姿になった方がよくないか?」

「いや、今日のところはそれで」

「今日のところ?」

「何でもない」

 一日に最高レベルに美麗なものを二パターンも拝んでは、俺の精神がもたない。

「それで、私は何をすればいい? メイドなのだから、何か……掃除でもして見せようか」

「いや、必要ない。ただそこにいてくれ」

「そ、そうか……?」

 困惑した様子で、それでも素直な天使は、静かにそこに佇んだ。薄っぺらくて安っぽかったメイド服が、天使が着ると、神聖さすら帯びてくる。

 春の日差しに照らされたその静謐な美しさに、俺はスマートフォンを掲げたまま気を失った。一パターンだけでもたなかったな、と思いながら。

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