本当の奇跡

 昨年は休みをいただいたため、今年のクリスマスは、ミサの仕事を引き受けることにした。一年に一度の美しい日。人々の胸の中の信仰心が、教会中を煌めかせている。

「先輩。今年はお休みしなかったんですね。いつも働きすぎなくらい働いてらっしゃるんですから、気兼ねなく休んでくださってよかったのに」

 今日ばかりは巡回でなく教会の業務に勤しんでいるマイケルが、そんなことを言う。

「ありがとう。でも、この特別な日の仕事が、私は好きなんだ。それに、昨年のように休む必要が、今年はないからね」

 私の返事に、年若き神父は首を傾げる。

「先輩がいいなら、いいんですけどね」


 昨年のこの日、私は休みをとって、愛する悪魔と街を歩いた。世界中に満ちる信仰心から彼を守りながら、ふたりでクリスマスを楽しんだ。

 しかし今年は、そういうことはない。なぜなら……。

「よく来てくれた、エンジェル」

 優しい言葉で出迎えてくれた黒髪の男とキスを交わし、その家へ入る。美味しそうな料理の匂いが漂う黒い部屋には、昨年とはまた違う、豪勢なツリーが飾られている。いつもは棚がある筈の空間にパチパチと音を立てているのは、暖炉だ。

「今年は暖炉まで用意したのか」

「イミテーションだがな」

 ダイアナのやつが欲しがったんだ、と悪魔は肩をすくめる。

「ふふ。お前は本当にダイアナちゃんに甘いな」

「ああ? いや、そういうんじゃ……」

「天使様!」

 後ろから現れたらしい少女が、私の腰に抱きついた。悪魔によれば「私にそっくり」らしい、眩い金髪のツインテール、輝く青い瞳。

「ダイアナちゃん! メリークリスマス」

「メリークリスマス、天使様!」

 可愛らしい使い魔の少女は、自らの主人と私の手を取って、幸せそうだ。ふと見ると、悪魔の目も和んでいる。

「ふふ。やっぱりお前は、ダイアナちゃんに甘いよ」

「そんなことは」

 いやそうな悪魔の声を遮って、ダイアナちゃんが言う。

「ねえねえ天使様、お兄様! この数週間、ふたりでいろんなクリスマスマーケットへ行ったんでしょう。お話、聞かせてちょうだい!」

 そう。今年、私と悪魔は、クリスマス当日ではなくそれまでの間に、国中のクリスマスマーケットを訪れることにしたのだった。昨年は一日でそれらを巡り切ることができなかったので、そのリベンジというわけだった。聖夜当日には開催されないものもあったので、だいぶ前から計画を立てて、このひと月、ほぼ毎週のように、ふたりで出かけた。建物や店舗のイルミネーションを楽しみ、種々の料理に舌鼓を打ち、サンタや天使のオーナメントを眺め、限定の紅茶やコーヒーを購入し、何枚も写真を撮った。昨年の一日も特別なひとときだったが、今年も、素敵な日々を過ごすことができた。

 ダイアナちゃんの白い手を、きゅっと握る。

「ああ、いいとも。それじゃあ、パーティーの用意をしながら話そうか」

「やったあ! どこが一番楽しかったの?」

「そうだね、イルミネーションだとワデスドン・マナーが印象深いな……」

「せっかくだから写真を映すか」

 悪魔が指を鳴らすと、窓際に備え付けられたプロジェクターとスクリーンが動き出し、ダイアナちゃんが歓声を上げた。

「おいおい、まだ何も映してないぞ」

「いいえ、窓の外を見て。雪よ! ホワイトクリスマス!」

 たしかに、窓の外にはちらほらと、白い羽のような雪が舞い始めていた。悪魔が、ちらと私を見る。

「今回のは私じゃないよ。本当の奇跡さ」

「そうか、本当の奇跡か」

 ダイアナちゃんが窓に額を押し当てているのを確認して、私と男は再び、今度はゆっくりと、口づけをした。

 美しい一日は、まだ終わらない。

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