少女に悪夢は似合わない(2)

「お兄様! 私昨晩、変な夢を……」

 見たの、と言う言葉が途切れた。いつも通りの黒い部屋、お兄様の隣に、夢で見たあの男の子が座っていたから。

「あ! その子……!」

 慌てる私とは対照的に、お兄様はいつも通りに落ち着いている。

「ああ、こいつは獏だ。日本でスカウトして、連れて来た」

「ばく……?」

 事情が飲み込めない私に、男の子……獏がにかっと笑った。

「ぼくは悪夢を主食としているんだよ。元々は日本にいたんだが、住み着いていた街がいつのまにか、ろくすっぽ眠らない街に変わっちまってさ。腹を空かしていたところを、この悪い兄ちゃんに捕まったってわけ」

「おい、言葉は正確に遣え。お互い合意の上で、契約を交わしただけだろう」

 お兄様が睨むと、獏は「はいはい」と肩をすくめた。

「日本の街をぶらついていたら、こいつに出くわしてな。獏ってのはだいたい気性が穏やかな筈なんだが、……飢えて悪態をつく獏なんてものは初めて見てな。興味が出て、声をかけたんだ」

 お兄様はそう言うけれど、人に悪夢を見せる仕事もこなす悪魔が、わざわざ悪夢を食べる獏と契約する必要なんてない筈だ。と、いうことは……。

「お兄様、もしかして」

「と、いう訳でだ。新しい仲間に、色々と教えてやってくれ」

 私の言葉を遮って、お兄様はすっと立ち上がった。ジャケットを羽織って、この間私が贈ったマフラーもカッコよく巻いて、ダイニングの扉に手をかけた。

「それじゃあ仕事に行ってくる。仲良くしろよ」

 時々、悪夢を見るの、と相談したのはつい先週のこと。日本まで仕事に出向くと言ってお兄様が出かけたのは、その直後のこと。

 扉が閉まる。

「あの兄ちゃん、悪いけど、いい奴だな」

 獏の言葉に、大きく頷く。とっても悪いのに、とっても優しいお兄様に、心の中で呟く。

 ありがとう、お兄様。大好き。

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