大切な気持ち

 穏やかな小春日和、昼の日差しが教会のステンドグラスから差し込んでいる。告解室での業務を終えてひと息ついているところに、ダイアナちゃんがやって来た。元人間の使い魔だが、奇跡も魔法も通用しない彼女は、普通なら入ってくることのできない教会にも足を踏み入れることができる。

「天……神父様、こんにちは」

「こんにちは。今日はどうしたんだい」

 普段は主人でもあり命の救い主でもある悪魔の元にいる彼女が、わざわざ私を訪ねてくるときは、彼にはできない相談事を抱えていることが多い。案の定、ダイアナちゃんは金色のツインテールをいじりながら、ちょっと俯いた。

「その……学校の人間関係で、天……神父様に相談したいことがあって」

「そうだったんだね。私でよければ、話を聞こう。おいで」

 それほど広くもない教会の廊下を歩き、職員に割り当てられている休憩室に入る。この時間帯、ここを使う人間は滅多にいない。来客用の紅茶を淹れて、自分と小さなレディの前に置く。甘い香りに、少し緊張していた面持ちが和らぐのを眺める。

「それで、何があったんだい」

 ダイアナちゃんが紅茶を飲みつつ話してくれたのは、トラブルというよりも、彼女自身の心が直面した困難ごとだった。いつも一緒に行動している親友が他の子と仲良くしているのを見ると、いやな気持ちになるのだと、彼女は言った。

「私が一番いやなのは、そういう自分の気持ちなの。そういう風に思ってしまう自分が、とっても……気持ち悪くて、……嫌いになるの」

 自己嫌悪。自分がその子にとっての一番でありたくて、現にそうだという自信がありながら、そうでないのかもしれないと突きつけられる不安に、心が揺れるのだろう。

 思わず微笑んでしまいそうになる頬を、慌てて引き締めて、私は言葉を選んだ。

「そういう気持ちは、自分にも他人にも正直であろうと思うからこそのもの。それは、素晴らしいことだよ。それに」

 大きな青い瞳が私を真剣に見つめる。

「そういう気持ちは、とても尊いものだから……その親友のことを、本当に大切に思っていることの、証だから……大切にして欲しいな」

 愛する悪魔が、その仕事のために人間を籠絡する、そのことに嫉妬するときが、私にもある。それまで抱いたことのなかった、本当に知ることはなかった、人間的な思考、負の感情。けれどそれさえも、自分の、彼への想いの強さを裏付けるもの……そういう風に心を整理できるようになったのも、最近のことだけれど。

 人間は、こんなに若いときから、こんなにも複雑な心の動きに耐え、それを育んでいくのだ。これが愛しくなくてなんだろう。

 黙って聞いていたダイアナちゃんは、暫く私の言葉を反芻するように、考え込んでいた。やがてその表情から曇りが消えて、いつものように明るい、彼女らしさを取り戻した。

「天使サマ、ありがとう! 私、他の子に嫉妬しちゃうくらい、マツリカのことが好きだってことなのね。そう考えたら、なんだか誇らしい気持ちになってきたわ」

 嬉しそうに礼をして、愛らしい使い魔の少女は去って行った。その軽やかな足音が聞こえなくなるまで、私はじっと耳を澄ましていた。

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