少女に悪夢は似合わない(1)

 お手伝いさんが用意してくれた美味しそうな夕飯を、ひと口食べたパパが、突然、苦しみ出す。続けて、ママも。私は弾かれたように立ち上がって、そこから動けない。

 これは違う。たしかに以前、起こったことだけれど……これは現実じゃない。だって現実では、私はすぐこの部屋を出て、……こんな風に苦しむパパママを見てなんていないのだから。

 足が動かない。声も出ない。指先も動かすことができない。目を瞑りたいのに、それさえもできない。見開いた目の前で、あの日の地獄が繰り返されようとしている。

「や、やだ……助けて……お兄……」

 言い終わらぬうちに、突然、妙にテンションの高い少年の声が響いた。

「ひゃっほう! 夜霧と一緒にこんばんは! こりゃあたしかに、いい食事だ」

「え……?」

 どこから現れたのか、食卓の上に、男の子が立っていた。まだエレメンタリースクールに通うくらいの年頃。結婚式にでも着ていくようなシャツとジャケット、短パンのスーツを着て、利発そうな大きな目で辺りを見回している。

「え……何……」

 固まっている私を無視したまま、男の子はぺろりと舌を出した。そして、……何かを舐めとるような真似をした。

 途端に、苦しんでいたパパが、何事もなかったかのように穏やかな顔になり、食事を再開した。呆気に取られている間に、ママも同様に。ふたりとも、私を見て微笑んだ。

「ダイアナ? どうしたんだい。ほら、座って食べなさい」「美味しいわよ」

「パ、パパ……ママ……」

 訳がわからなかった。ただ分かるのは、再び目の前で繰り返されるところだった悲劇をどうにかしてくれたのが、この男の子だということ。

「あ、あなた……誰? 一体……」

「ん?」

 食卓から降りて、棚やドアに舌を這わせていた男の子が、初めて私に気がついたように振り返った。

「あんたの同類さ。そうだな、美味しい夢を提供してくれたから、あんたを料理係に任命してやってもいいよ」

「……料理係? それに、……夢?」

 私の表情に、男の子は顔をしかめた。

「あちゃあ。やっちゃった。せっかく久々にありつけた美味しい食事だったのに……まあいいか、とりあえず腹は膨れた」

 疑問符でいっぱいの私の視界から、食事を取るパパママの姿がぼやけていく。食卓も、椅子も、棚も、何もかもが、揺らめいて消えてゆく。

 戸惑う私の耳には、ごちそうさま、という声だけが明瞭に残った。

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