冬のさきがけ

 風が冷たくなってきた。と言っても悪魔は寒さを感じないので、人間たちのようにコートを着込んだり、防寒具を用意したりする必要はない。もちろん目立つことなく溶け込みたければそういうものも着用するが、俺は、基本的には気に入りのジャケット姿で通している。

 しかし、今。

 待ち合わせ場所へ向かう途中で目にするショーウィンドウのガラスに映る、自分の姿は見慣れない。首元にマフラーを巻いているのだ。

「やあ、ラブ。待った……」

 駆け足で近づいてきた愛する天使が言葉を切り、まじまじと俺を見つめた。

「お前がマフラーなんて、珍しいな。寒さなんて感じないだろう」

「ああ。暑くもないがな」

 肩をすくめて見せると、天使はますます不思議そうに首を傾げた。が、すぐににっこりと笑んだ。

「何にしても、よく似合っているよ。お前にぴったりの黒色だ」

 艶やかな毛糸だね、とマフラーの端を手に取って触り心地を楽しむ天使の朗らかさに、思わずつられて微笑んでしまう。

「このマフラー、誰からだと思う」

「え? ……もしかして、ダイアナちゃん?」

「ご名答」

 奇跡も魔法も受け付けない、特殊体質の使い魔の少女。元人間である彼女は、昨晩、仕事をしていた俺の部屋にやって来た。天使によく似た青い目が、楽しそうに笑っていた。

「お兄様に、プレゼントがあるの」

「プレゼント? どうした、急に」

「私、お兄様に命を助けてもらったのに、まだ大した仕事もできてなくて……毎日毎日、もらってばかりで。秋が終われば冬になるでしょう? 悪魔は寒くならないのは知っているけれど、ひとつくらい、あってもいいと思ったの」

 そう言って、満面の笑みで、ダイアナは紙包を差し出した。

「開けてみたら、コレだった訳だ」

 黒いマフラー。人間たちにとって本格的に必要になるのはまだ先だが、冬にさきがけて、身につけておくのも悪くない。

「そう。ダイアナちゃんが……」

 天使は目を細める。

「このマフラーからは、親愛の気持ちを感じるよ。お前の幸せを願う、ダイアナちゃんの思いだ」

「そうか。天使サマが言うなら間違いないな」

 親愛なんて、悪魔からは最もかけ離れた感情の筈だ。それなのに。

 ダイアナは、ただ目の前の愛の対象に似ていたという、それだけの理由で助けた少女だ。それがいつのまにか、こんなに近い存在になるなんて。

「なんだか、この百年と少しは、それまでの幾世紀よりも遥かに目まぐるしくて、面白い気がするな」

 俺の言葉に、天使は頷いた。

「それはきっと、これからも続くよ。楽しみだね」

 楽しみ。

 ほとんど永劫に続くこの魂が、先にあるかもしれない何かをそんな風に思うことができるなど、ほんの何世紀か前までは考えもしなかった。

「そうだな。楽しみだな」

 落葉がちらほらと舞う秋の道を、ふたりで歩く。これから俺たちを待っているかもしれない、楽しみなことを挙げながら。

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