長き夢の終わり(1)
身体中が重い。革靴を通して体に伝わってくる聖なる空気が、今にも俺の全身を焼き切りそうに熱い。天の国へ通じる階段は、明るく眩しく、そして長い。上り始めてから、何日が経ったろう。しかし、ようやく辿り着いた。
足を止めると、横柄で冷たい声が降ってくる。
「悪魔が何用だ。燃やし尽くされたいか」
繊細な彫刻に彩られた大きな扉の前で、番をする天使が凄まじい形相で睨みつけてくる。悪魔には禁じられた聖域だ、当たり前のことだが、そういう顔をする天使もいるのか、と場違いな面白さを感じてしまった。しかし笑っている余裕はない。
「ひとりの天使を……連れ帰りに来た」
「何?」
門番の天使が虚をつかれたとき、扉が開いた。むせ返るほどの清浄さに、喉が詰まる。咳き込んでいると、そこへ知った顔が現れた。
「そろそろ来るのではないかと思っていたよ」
天使には珍しい、暗色の髪と瞳。天の威光を背負い、全てを見通す、大天使。
「ちっ……。それなら迎えくらいよこせ」
「そうしたいのは山々だったんだがね。彼から目を離せなかったのだ。……こちらだ」
静かに歩いていく、その後ろをついて行く。恐らく大天使の力だろう、先ほどまで身を焼くようだった聖なる空気が和らいでいる。天界で立ち働く天使たちが俺を見てびくりと反応し、遠巻きに眺めている中を、また長いこと歩いた。天界はどこもかしこも白くて目が眩む。
暫くして、ひとつの部屋の前に着いた。
「ここだ」
開け放たれた扉の奥に、人間の寝台を模した白い石がある。その上に、俺の愛するひとりの天使が横たわり、目を閉じていた。
「エンジェル……!」
駆け寄っても、その瞼は開かない。安らかな息。眠っているのだ。
「人間にかけられた呪いを、自分に移したのか……」
「ああ。眠り病……随分昔に流行し、今でも罹患している人間がいる病だ。奇跡では治せないが、ひとり分の症状をその身に移すことはできる。どういう事情だったかは知らないが、彼はそれをした。……それから何をしても、眠り姫は目覚めない」
くだらない無駄口に、俺は思わず大天使を睨んだ。
「……済まない。しかし、君でも彼を助けることはできまい」
「どうしたらこいつは目覚める?」
「彼の夢の中に入って、目覚めを促せばいい。しかし、それは一度、彼と夢で繋がったことのある者にしかできないことなのだ。だから、我々にはどうすることもできなかった」
なるほど、確かに同胞と言えども天使の夢に入るのは、人間の夢に入るようにすんなりとはいくまい。天使どもにはどうしようもないというのも道理だ。だが、それなら。
「俺にならできる」
「……そうか。では、……」
「あんたが俺に頼み事をする必要なんざない、安心しな。こいつは俺が助ける。それだけだ」
温かい手を握り、目を閉じる。寝台にもたれるようにして、俺は天使の夢を辿り始めた。
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