祈りを響かせて

 マイケルはその童顔ゆえか、まだ力のない若い司祭だと思われがちだが、その実、エクソシズムを修めて精力的に活動する、素晴らしい才覚の持ち主だ。そんな彼は、普段はあまり教会にはおらず、担当区域を巡回している。

 今日は珍しく朝から教会にいるのだなと思っているところを、突然、話しかけられた。髪と同じくブラウンの大きな目が、私を見つめる。

「先輩。先輩は、歌はお上手ですか」

「歌? どうしたんだい、いきなり」

「それが……」

 事情を聞くと、担当区域でよく会う子供から、聖歌隊に入りたいから入る前の歌の練習に付き合ってくれと頼まれたらしい。

「でもぼくは、そんなに歌に自信がなくて。もちろん、歌詞もメロディも完璧に頭に入ってはいますが、聖歌隊に入りたい子供に教えられるほどの力は……」

 いつも自信に溢れている彼が、珍しく弱気だ。

「なるほど、そういうことか。でもそれなら、それこそ聖歌隊を担当している人間に紹介すればいいじゃないか」

 私の言葉に、マイケルは首を振る。

「それも提案したんですが……、ぼくがいいと聞かなくて」

「ふふ。それはよほど、君を信頼しているということだね」

「はい……。だから……」

 困り顔の彼を見ているうちに、ふと、昔の記憶が蘇った。ほんの十年ほど前の、ミサの光景だ。ブラウンの髪の毛と瞳を明るく輝かせた小さな男の子が、会衆席でひときわ大きな声を響かせ、讃美歌を歌っていた。そこには技術などというものはなかったが、筋の通った美しい信念と、信仰に対する誇りがあった。そのとき私はこの教会に勤めていた訳ではなかったので、おそらく、たまたま覗いたときに、その初々しさが印象に残ったのだろう。

 思わず微笑んでしまった。

「先輩? 何か?」

「いや、ちょっと思い出してね。マイケル。聖歌隊には確かに歌が上手な人が多いけれど、主への祈りの気持ちを表すのに、技術の巧拙は関係ないと思わないか」

「主への祈りに、技術の巧拙は関係ない……」

 真剣な顔で私の言葉を反芻し、マイケルは数度、頷いた。

「確かに、その通りですね。ありがとうございます! 早速、あの子のところに行ってきます!」

 言葉が終わらぬうちに走り出し、マイケルは教会を出て行った。十年前から変わらず、きっとこれからも変わらない、純粋な心を抱いた背中が、みるみる遠ざかって行った。

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