cheers!(2)

「へえ。ノアの酒をね」

 白葡萄畑が目の前に広がるワイナリーのテラス席で、白く輝く液体をたたえたグラスを傾けながら、男は言う。黒髪に黒い瞳の悪魔は、私と違って、酒を嗜むことができる。

「うん。彼の葡萄園がワインの起源なのは、お前も知っているだろう」

「ああ。お陰で俺たちは助かってる」

 思わず苦笑いが漏れる。たしかに、酩酊は人の規律を緩めるものだ。誘惑を生業とする悪魔とは、相性がいい。

「それで、今日はわざわざこんな遠くまで出掛けて来たって訳か」

 悪魔は、広大な畑を腕で示す。

 アララト山。ノアが葡萄畑を始めた地。彼の作った葡萄酒を、私はあの日、飲むことができなかった。

「そうなんだ。部屋を整頓しているときに、あのときもらった器が出てきてね……。彼の作った畑を受け継いだ、現在の葡萄を味わいたいと思ったんだ」

 懐から、魔法で圧縮していた器を取り出す。土で作られた素朴な物だが、人類最初の酒を注いだ、大切な思い出の品だ。

「そうか。それで、それか」

 悪魔の視線の先には、彼の手の中と同じ色の液体をたたえたグラス。しかし、この中には、酒なら当然入っていて然るべきアルコールは含まれていない。

「これなら、私でも飲めるからね。お前が前に教えてくれた通りさ」

 悪魔はにっと笑った。

「天使サマのお役に立てて、光栄だ」

 涼しげな音を立てて、グラスを合わせる。最近できたばかりの人間のマナーは、ひとまず置いておく。

「人類の素晴らしき発明に、乾杯!」

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