cheers!(1)

 山の麓に、宝石のように美しい赤紫色の果実が連々と実っている。まるで柵のように一定の間隔をあけて配置されたその連なりの中に、動く人影を見つけて、声をかけた。手に持った籠の中に果物を放り込んでいた老人は、顔を上げた。

「やあ、あんたか。久しぶりじゃあないか」

 破顔する顔には皺が多い。真っ白の髪と髭は、それでももじゃもじゃと活気に溢れている。

 乾いた手を握りつつ、久闊を叙した。

「お久しぶりです。どうです、調子は。人間も動物も、増えましたか」

「ああ、お陰さんでな。息子たちも元気でやってるよ」

 耳を澄ますと、畑のあちこちから元気のよい人々の声が聞こえてくる。動物のいななきや鳥の声も、耳に爽やかだ。洪水があってから、なかなか様子を見にこられなかったのだが、これなら心配は要らなそうだ。

「ところで、新しい発明をしたと伺ったのですが」

 私の言葉に、老人は「さすが耳ざといな」と頷き、両手を広げて畑を示した。

「これさ。葡萄から酒を作っているんだ」

「酒……」

 実は、彼が新しいことを始めたと聞いて天界から降りてきたのだが……、酒とは何だろう。

 私の様子を面白そうに眺め、老人は果物をひとつ、差し出してくれた。

「葡萄……という果物ですね。美しい」

「見た目もいいが、発酵させたら大層美味い」

 ひと粒、口に含む。苦味と酸味、それと……これは、なんとも形容し難い……思わず顔をしかめてしまった。

「はっは。無理せんで吐き出しな。これは酒のためのもんだ。食べられたもんじゃない」

 ついて来な、という言葉に従って、半分屋外のような建物に入る。樽やら何やら、色々な器具が置いてある中に分け入った老人が、器を手に、戻ってきた。

「実は、ヤギのやつが最初にこいつを発明したのさ。あいつらでもご機嫌になっちまう、いかした飲み物なんだぜ」

 先ほど目にした果実の色をした飲み物は、酸っぱいような匂いがする。どんな味がするのだろう。

 ワクワクしながら、口に含む。味は……よく分からない。ごくり、と飲み下すと、喉と胃の腑が焼けるように熱くなった。

「……こほっ……けほっ」

「おや、天使様には合わなかったかね」

 老人は私から器を受け取りその中身をさっと飲み干し、咳き込む私の背中をさすってくれた。

 視界が回る。頭がぐらぐらする。

「これは……毒か……」

「いやいや、とんでもない。酒は体に合わんやつもいるのさ。こればかりは仕方ない」

 そのまま椅子に寝かせられた私の耳に、小さな呟きが聞こえた。

「天使様にも楽しんで欲しかったんだが、残念だなあ」

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