eyes on me.

 初めてその唇を奪ったとき、何も知らない無垢な天使は、汚らわしい行為だと拒絶して身を捩った。自分の中に、黒に繋がる部分があるなんて信じられなかったのだろう。それでも最後には、体に備わった感覚に溺れ、無意識のうちに受け入れていたが……。

 あのとき、天使の瞳は閉じられていた。逃れられない現実を、せめて視界から遮断したいかのように。視界を放棄するということが、即ち感覚の鋭敏化に繋がることも分からずに。青く澄んだ瞳を見られないのは残念だった。しかし、どこかで安堵していたのも事実だ。

 きっとどこまでも天使らしいあいつは、呼吸を乱されながらも、俺の微かな怯えに気がついてしまっただろうから。あいつの心を少しでも俺に傾けたいという一心、そしてそれが不可能だと突きつけられることへの怯えが、俺の瞳の底、魂の揺らめきに映っていることに。

 だが、今は違う。

「ん……」

 鼻から甘い声を漏らしながら、天使はキスに没頭している。俺の首筋に腕を回し、胸から腰を密着させて、何度も何度も、啄むように。

 その瞳は、しかと俺を捉えて瞬きすらしない。

「……んんっ」

 やんわり離れようとすると、形の良い眉が不服そうにひそめられ、艶やかな唇が尖る。

「……もう終わり?」

「いや、そうじゃなくてだな……。天使サマ、どうして目を閉じないんだ? 前は閉じてただろ」

 一体いつからなのかは覚えていないが、最近はずっとこうだ。全てを見通す綺麗なブルーの目が、俺の魂まで見透かしているようで、……気恥ずかしい。

 天使は、不思議そうに首を傾げた。

「だって、見ていたいんだから仕方ないだろう。私と一緒にいることで幸せそうなお前を見ているのが、私には幸せなことなんだ」

 それに、気持ちよさそうなお前を見るのもね、と付け加えるその顔を、直視することができない。ああ、俺はきっと永遠に、こいつの純粋さに敵うまい。

 ぼうっとした頭で、そんなことを思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る