花を手折る(1)

【一人前になった使い魔ダイアナと、その親友マツリカの、深い愛情の話(百合)。作者による二次創作のようなものです。本編とは時系列違いです。※ダイアナちゃんはこんなことしない! と思われるかもしれませんが、作者の妄想なのでご容赦を】

 

 どうしても自分だけのものにしたかった。豊かな黒髪、その香り、穏やかな眼差し、白く滑らかな頬、小さな唇、華奢な体、その心を。

 だから、初めていつもと違うやり方で彼女に触れたとき、私は『力』を使ってしまったのではないか。相手を魅了する悪魔としての力を、使ってしまったのでは。

 それが、気掛かりで仕方ない。


 私の命を救ってくれた悪魔のお兄様は、大学進学を機に、好きな場所に住んでいいという許可を出してくれた。それまではお兄様の住居と空間的に繋がった部屋を与えられていたのだけれど、本来の年齢的にも悪魔としての成長的にも、もう一人前だから、と。見た目の年齢を好きに変えられても成長はしない、そんな使い魔の私には、その言葉がとても嬉しかった。何度もお礼を言って引っ越した先が、マツリカの家の、すぐ隣のアパートだった。

「ダイアナがお隣さんだなんて、嬉しいわ」

 マツリカは玄関先でそう言って、ふんわりと笑った。もうずっと、隣でその笑顔を見続けているけれど、いまだに胸がきゅんとする。その手を握りしめたくなるけれども我慢して、私も笑う。

「いつでも遊びに来て。ひとり暮らしだから、いつ来てくれても大丈夫よ」

 そう言っておいたから、マツリカは次の日、すぐに来てくれた。大学から並んで帰ってきて、そのまま私の部屋へ寄ろうという話になったのだった。今日聞いた講義の話をしながらお茶の支度をする私は、自分の部屋にマツリカがいることが嬉しくて仕方なかった。額に入れられた可憐な花のようなマツリカが、外のカフェテリアではない、私の部屋で、私を見て、楽しそうに笑っている。

「それにしても、ダイアナとはいつも一緒になるわね。きっと縁が深いのね」

 私が淹れた紅茶を飲みながら、マツリカはそう言った。

「そうね」

 簡単に相槌を打つ。縁が深い、なんてわけじゃないことは、私にはよくわかっている。ハイスクールでことごとく同じクラスに参加したのも、同じ大学に進学したのも、同じ講義ばかりとっているのも、課外活動で一緒になるのも、図書室やカフェで偶然会うのも、雨宿りで飛び込んだ軒先で一緒になるのも、全て、私が仕組んだことなのだから。

 一緒にいる時間が長ければ長くなるほど、私の、マツリカへの思いは大きくなっていった。知れば知るほど、マツリカは魅力的だった。決して負の感情を表に出さず、人のことを悪く言わず、アクシデントも苦に思わずに乗り越えられる……マツリカは、そんな人だった。冷静なのに暖かな思いやりに溢れていて、その優しい眼差しは、あのお美しい天使様を思わせた。きっと、全ての生命を平等に愛せる人なのだと思った。

 だから、苦しかった。

 私は、こんなにも隣にいるのに。こんなにも長い間、一緒にいるのに。こんなにも、あなたのことを思っているのに。それなのに私は、きっと、その他大勢と同じなのだ。

「そういえばダイアナ、また男の子を振ったんですって?」

 私がぼーっとしていると、マツリカはそんなことを言った。せっかく二人でいるのに、つまらない話題。

「そうよ」

「彼、とても人気があるそうじゃない。何が気に食わなかったの?」

 気に食うも食わないもなかった。私には、マツリカしか見えていないのだから。

「別に、気に食わないとかじゃないわよ。単純に、興味がないの」

「ダイアナ、せっかく可愛くてモテるのに、勿体ないわね」

「そんなことないわよ。私なんかより、マツリカの方が可愛いわ」

 本気で言っているのに、マツリカはころころと笑った。

「私なんて、ただ日本人だから物珍しく思われてるだけよ。ダイアナみたいに、華がないもの」

 そんなことはない。私は思い切り首を振って否定したけれど、マツリカは全然、本気にしてくれなかった。

「ダイアナは本当に可愛いわよ。私が男の子でも、きっと夢中になったわ」

 途端に、心臓が早鐘を打った。本当に? 本当に、そう思ってくれているの?

 けれど次の瞬間には、そこに含まれる、もうひとつの言葉に気がついた。マツリカは男の子ではないから、私に夢中になってくれる訳ではない。

「あ、でも……」

 一瞬の高揚も落胆も完璧に隠し通し、私はマツリカの言葉の続きを待った。そして、激しく叩きのめされた。

「同じゼミのトムが、最近、やけに話しかけてくるのよね。一度、写真アプリのアカウントを教えたら、そこに毎日メッセージをくれるようになって。ふふ、もしかしたら、私に気があるのかも」

 眩暈がした。トムなんて人間のことは記憶になかったけれど、きっと私がマツリカから離れた僅かの隙に、近づいてきたのに違いない。そういうことにならないように、マツリカは恋愛に興味がないのだという噂を流し、四六時中、私がそばについて目を光らせていたというのに。

 いやだ。目の前の優しさが、穏やかさが、可憐さが、他の人に奪われてしまう。普通の人間であるマツリカは、きっと普通の人間の男の子のことを、特別に好きになるのに違いない。こんな、使い魔の私なんかではなく。

 マツリカが幸せなら、それが一番じゃないか。そう、思おうともした。別にまだ、トムとやらと付き合っている訳でもないのだし、そんなに深く考えなくてもいいじゃないか、とも。一番の親友の幸せを願えないのは、それは親友ではないじゃないか。

 けれど、無理だった。トムとのやり取りを何の気なしに話してくれる、その口ぶりを普通の顔で聞きながら、私の心の中はぐちゃぐちゃだった。

 奪われたくなかった。大好きなマツリカを、可憐な花を、私の隣から。

 気がついたときには、彼女の軽い体を、青くて柔らかいソファに押し倒していた。

「え? ダイアナ……」

 黒髪がクッションに押し付けられて、扇のように広がっている。その中心で戸惑う白い顔に唇を寄せて、手首を掴み、細い下半身を両膝で挟み込んだ。

「マツリカ……」

 耳元で囁いて、唇を重ねた。啄むように幾度もつけては離すうち、小さくて温かいその隙間から、甘い息が漏れた。

「んっ、……ふっ……」

 綺麗な目尻に、涙が溜まっているのが見える。抵抗らしい抵抗はなく、ただ事態を受け止めきれない困惑と驚きとが、呆然とした表情から読み取れる。私はもう、やぶれかぶれだった。泣きたくなった。こんな風にしたかった訳じゃないのに。

 でも、他の人間に取られるくらいなら、という気持ちが、私を突き動かした。花柄のワンピースのボタンを少しずつ外し、唇を首筋から鎖骨へと滑らせる。白い肌がピクリと動き、その度に、抑えた声が、頭上で漏れる。それが、私の頭の熱を煽った。肌に密着したブラジャーをずらすようにして舌を這わせると、堪えきれなかったらしい喘ぎが聞こえて、耳がカッと熱くなった。

 ほのかな汗の匂いがする、感じやすい筈の突起を吸った。これまで聞いたことのない、小さな叫びが上がる。吸いつつ、舌で突いたり転がしたりして刺激すると、その息はどんどん荒くなっていく。

「や……っ、ダイアナ……」

 のけぞった首に再びキスを落としながら、次は片方の指で、硬く尖った胸元を弾く。優しく緩急をつけながら爪の先で、何度もなぞる。マツリカはもう、声を抑えようとはしなかった。ただ、耐えきれないように身じろぎし、快感から逃げようとするように、頭を動かした。

「も……だめ、ダイアナ、」

「マツリカ……好き……大好き……」

 無意識なのか、もぞもぞと擦り合わせている太ももの間に手を差し入れると、彼女の熱が伝わってきた。ワンピースと下着の布地越しに指を滑らせ、柔らかい媚肉を、優しくとんとんと叩く。ますます荒くなっていく息を奪うようにキスをしながら指を動かして、特に反応の大きい場所を探る。

 はっきりとした嬌声を上げるマツリカは、熱に浮かされたようなとろんとした目で私を見つめ、キスに応えた。小さな舌が、私の舌に絡みつく。これが愛の行為だというのなら、ここに、愛があるのだろうか。わからなかった。私は確かに愛をもってこの体に触れた筈なのに、触れれば触れるほど、それは言い訳になっていくような気がする。こんな形で表されるものが、愛でいい筈がなかった。

 暗い自己嫌悪と高まっていく熱と胸を焦がす思いが、私の中で暴れている。

 やがてマツリカは果てた。力の抜けた体は汗で濡れ、ワンピースの薄い生地が、肌にピッタリと張り付いている。その額に優しく口付けると、マツリカは、私の頬に手を添えた。

「ダイアナ、……私もあなたが好きよ」

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