Children’s happy day
「日本では、今日は子供の日なのよ」
五月五日、特に何の変哲もない木曜日の午後、一緒にテラスで紅茶を飲んでいたマツリカが、ふと思い出したように言った。
「子供の日? なあに、それ」
「やっぱりダイアナは知らないわよね。えっと、確か元々は端午の節句とか言ったかしら。子供の健やかな成長を願う祝日でね、この日はお祝いの柏餅を食べたり兜を飾ったり鯉のぼりをあげたりするのよ」
「お祝いのお餅はまだ分かるけど、兜? 鯉のぼり? って何? どういう意味があるのかしら」
私が首を傾げると、マツリカもつられたように同じ仕草をした。黒くて艶やかな髪の毛に陽光が反射して、とても綺麗。
「私も、男兄弟がいなかったから、詳しいことはよく分からないままなのよね。ひな祭りなら、小さい頃、よく祝ってもらっていたけれど」
「ひな祭り? それもお祭りなの?」
マツリカが言うには、子供の日が男の子のための日なら、ひな祭りは女の子のための日らしい。
「なあんだ。それなら、子供の日は、子供と言っても、私たちのための日ではないのね」
せっかくお兄様に話して、何かお菓子でも作ってもらおうと思ったのに。
がっかりする私とは対照的に、マツリカは面白そうに微笑み、ティーカップを傾ける。
「そんなことはないわよ。別に、本来お祝いされる対象じゃないからお祝いしちゃいけないって話じゃあないもの。人の誕生日だってそうでしょう。お祝いパーティーで、祝う側もご馳走されるじゃない。それに確か、由来は男の子の健康を願っていたものだけれど、今は全ての子供たちのための日だって聞いたこともあるし……何だっていいのよ、楽しめるならそれで」
「マツリカ……」
私はしげしげと、親友の顔を見つめる。
「あなた、やっぱりすごいわ」
「ふふ。どういたしまして」
「お兄様! 今日は子供の日なんですって」
帰宅して早々、私はお兄様のお部屋に突撃した。真っ黒な部屋で真っ黒な机に向かって真っ黒なパソコンで何か仕事をしていたらしいお兄様が、顔を上げた。
「日本の話だろう。ここは日本じゃないぜ」
「むう。でも、別にどこの国のお祭りだったとしても、楽しめれば、それが一番じゃない」
私の言葉に、お兄様はぷっと吹き出した。滅多に見せない、珍しい表情。私がポカンとしていると、お兄様はパソコンを閉じて立ち上がった。
「本当にお前は、どんどん悪魔らしくなっていくな。俺は何も教えてないってのに」
言いながらお兄様はキッチンへ歩き出し、ついでに私の頭をポンと撫でた。大きな掌の、優しい感触が嬉しい。
「柏餅、だったか? あんこが大丈夫なら、作ってやる。苦手なら、チョコレート入りの特製のやつにしてやるよ」
思わず笑顔になる。お兄様は悪魔だけれど、時々、本当にそうなのかしらと思えてしまう。
それは、私が少しずつ、悪魔らしくなっているからなのかもしれないけれど。
「それじゃあ、どっちも作ってちょうだい!」
「わがままなやつだな」
そうだ、どうせならあいつも呼ぼうか、なんて言いながら、お兄様はお菓子作りの準備を始めた。
あんこって、どんな味かしら。
由来も何もよくわからないまま、私は遠い国のお祭りに感謝した。
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