あるエクソシストの執心(2)

「……ということがあったんだよ」

 一旦、言葉を切った俺に、天使は「それは大変だったな」と困ったように首を傾げた。

 忙しい年始の仕事の合間、何とか確保した二人だけの時間。俺たちは黒い部屋でテーブルを挟み、近況を報告し合っていた。天使の反応は、こいつが普段は人間に混じって司祭として働いている以上、当然のものだ。予想していた通りとも言える。だが、次にその唇から発せられた言葉は、全くの予想外だった。

「その司祭は多分、マイケルだな。教会の同僚だよ」

「同僚? あの駆け出しエクソシストが?」

 俺が眉をひそめると、天使はこくりと頷いた。透き通るブロンドが、白い頬に半透明の影を落とす。

「ああ。ブラウンの髪と瞳、それに童顔のエクソシストなんて、この地域には彼しかいない。とても仕事熱心で、信仰に厚い、素晴らしい資質の持ち主だよ」

「ふん……」

 そうとなれば、話は変わってくる。俺は、もう取りやめるつもりだった話を続けることにして、少し身を乗り出した。

「それなら天使サマ、あの司祭サマに言ってくれないか。黒髪黒目の男を追うのはやめた方がいい、と」

「……追う?」

 不思議そうな円い瞳に、頷いて見せる。

「いや、実はな天使サマ。さっき話したことがあってから、もう四度も、あの司祭サマに出くわしているんだ」

 一度目は、仕事を台無しにされた二日後。二度目は、その翌日。三度目は、その一週間後。そして四度目が、昨日。

「先回りではないようなんだが、どうやら地区を隈なく巡回して、俺の匂いを辿って来ているようなんだ。まさに犬だよ」

 力では勝てない相手だと判断したのか、あれからあの男は手持ちのホーリーアイテムを日替わりで持参してくるようになった。また、唱える聖書もそのたびに引用箇所を変え、俺に効力があるのは何か試しているようだ。聖水を持ち出されない限りは完全に無視してもよかったのだが、俺が近づき触れようとするだけで赤くなったり青くなったりとうろたえる様が面白すぎて、つい、からかってしまうということが続いている。

 天使は、ううん、と唸った。

「彼は人一倍、悪魔を憎んでいるからな。仕方のないことかもしれない。前に言っていたんだ……幼い頃、悪魔に傷つけられたことがある、と」

「ふうん。ああ、だから鼻が利くんだな」

 霊障、という言葉がある。人間が霊的なものに接することで体に不調をきたすことを言うが、マイケルという司祭の、邪悪に対する敏感さはそこから来ているのかもしれない。悪魔の中には、子供の見せる反応を特に好んで付き纏う者がいる。ポルターガイストなどを引き起こす奴らだ。そういうものに触れた過去から、特に霊的なものに惹かれたり、もしくは反対に嫌悪するようになる者が出てくる。

「で、天使サマ。どうだ? 頼まれてくれないか」

 尋ねるが、目の前の美しい顔は晴れない。

「私が言ったところで、納得しないと思うよ。彼は真面目で、とても頑固なんだ。思い込んだら聞かないと言うか……いや、そういう一途なところも美点のひとつなんだけれども」

 天使らしいフォローの仕方だ。俺は大きく息をついた。説得してもらうのは諦める他なさそうだ。

「オーケー、それなら仕方ないな。無理を言ってすまなかった」

「いや、私こそ力になれなくて……。でも、まあ、その男はただの人間だと思うよと言っておくくらいはしておくよ」

 それじゃあそろそろ、と、天使は立ち上がる。名残惜しいが、この後もお互いに仕事が控えている。また来るよ、と去っていく後ろ姿がエレベーターの中に消えるのを見送ってから、早足で窓際に向かう。

 やはり、だ。

 遥か下方に、あの司祭の姿があった。普通なら見分けられないほどに小さい姿だが、悪魔の目は誤魔化せない。そもそも、誤魔化すつもりもないだろうが。

 少しの間そのまま見つめていると、エントランスから出てきた天使に気がついて、足早に近づいて行った。やはり、天使が言った通り、あいつはマイケルという司祭だったのだ。二人はちょっと立ち話をしてから、近くの茂みに身を隠した。

「天使サマ……完全にあの司祭サマのペースに巻き込まれているな」

 思わず、笑みがこぼれる。大方、悪魔がこの建物にいてそろそろ出てくるだろうから、一緒に取り押さえようだとか、そんな話をされたのに違いない。もし、俺がこのまま出て行かなかったら、どうするつもりなのだろう。そんなことを思いもしたが、流石にそろそろ出かけなくてはいけない。玄関から出て行かず魔法で移動するとなると、無駄な魔力を消費する。

 俺はため息をついて、指を鳴らした。

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