マドンナリリー
人里離れた広大な土地に、薄く雪が積もっている。ちょっと歩くと、革靴の下で土が乾いた音を立てた。
つい最近、気まぐれで手に入れたこの土地を、美しい花の咲き乱れる庭にしようと思い立ったのは、あいつのためだ。花の香りのする紅茶が好きだという話を聞かせてくれたあいつは、窓の外を眺めながら言った。
「雪の結晶も美しい主の御業だが、あまり続くと……天使である私は寒くなくても、人間たちが気の毒になってきてしまうんだ。動物たちも大変そうだしね。花は、春の訪れを何より早く教えてくれる。寒さに疲れた人間や動物たちの安らぎそのもので、そういうところも好きなんだ」
安らぎ、というものは、悪魔には不快なもののはずだった。それは天界の善であり、地下に蠢く魔性としては、人間をそれからどうやって遠ざけるかというのが至上の命題だった。しかし、今の俺には……。
まだ何も咲いていない広いだけの土地だが、これからのレイアウトはもう決めてある。人間が花に持たせた色々な意味も考慮し、且つ、どの季節でも何かが育っているように。
庭の入り口にはマドンナリリーを植えよう。聖母マリアを象徴する、汚れなき白さ、天界の美を。
「悪魔の仕事じゃないな、これは……」
我ながら呆れるが、しかし、どうしようもない。他の誰も立ち入ることのできない美しい庭にあいつを招く、という思いつきは、抗い難い誘惑だったのだから。
あいつはきっと、白いユリの花に、顔を綻ばせるだろう。その香りに、瞼を閉じるだろう。
ああ、早く、春が来れば良い。
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