ビオラ

 その日は懇意にしている書店の主人とつい話し込んでしまい、帰路に着いた時には夕方になってしまっていた。夕陽の金と夜闇のプルシアンブルーが、天上界への扉の辺りで美しく交わっている。沈みつつある輝きの、その一条の光に照らされて、小さな花が揺れているのが目に留まった。白いビオラだ。街の中心部、噴水を囲むように設置された花壇の中、自身より大振りのパンジーたちに混じって、健気に咲いている。

「私のことを想ってください……か」

 なぜだか通り過ぎることができず、私は花壇の前で立ち止まった。

 ビオラは、キューピットの矢によって生まれたという。もちろん人間が創作した伝説だが、そうした伝説には花への愛情が感じられて、私は好ましく思う。人間の愛情というものの、良き面が、そこにはある。

 しかし、良き面と悪しき面の同居こそが人間の愛の特徴なのだと、あの悪魔は言っていた。考えたくないことではあるが、良き面しか持たない感情など、人間の中にはないのかもしれない。それが例え、信仰心であったとしても。

 ……ならば私のこの苦しみは、一体どちらなのだろう。良いものなのか、悪いものなのか。

 ただ分かるのは、これはもう、白いビオラに込められた慎ましやかな祈りとは、まるで正反対の方向へ向かうものだということだ。そして、そうであるということが、なぜだか私を勇気づけさえする。

 金色の光が閉じていく。代わりに薄闇が辺りを覆い、ビオラの、明るい白さが失われていく。

 だが、その色が白であることに変わりはない。例え光が閉ざされ、その色が人の目には映らないとしても、それが白であることに、代わりはないのだ。

 可憐な花に別れを告げて、私は深まりつつある宵闇へ歩き出した。

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