シロタエギク

「人間の愛は……」

 店員が運んできたカップを見もせずに直接受け取って、黒髪の男は話し出す。悪魔から見た、人間の愛に関するレクチャーが始まった。

「例えるなら、複雑に絡まり合った、植物のツタだ」

「ツタ?」

 私が思わず反復すると、男は軽く頷いてカップの中の液体を飲み干してしまった。あんなに苦いものを、よく好んで飲むものだ、と思っていると、すぐさま、店員が代わりのカップを持って来た。

「そう、ツタだ。あいつらは住居の壁や他の植物の上を這うように茂るだろう。人間の愛も、その対象に絡まり、さらに別の人間の感情と絡んでゆく。どこかひとつを結べばそれで成立するというものではないんだ」

 男の言葉のさなかに、私の紅茶が運ばれてきた。芳しい香りが漂い、一瞬、話から気が逸れる。男が私を見て口をつぐんだので、私は慌てて弁解した。

「すまない……紅茶の香りが良くて」

「謝ることはないさ、天使サマ。香りというものは動物にとって重要だ。……紅茶が好きなのか?」

「ああ。苦いのは不得意なんだ」

 シュガーポットから美しい結晶を摘み、紅茶に落とす。純粋な白色が、瞬く間に紅茶の色に染まる。私がその風味を味わい終えると、男は再び話し出した。

「複雑に絡まり合った感情の、ひとつの帰結として愛がある。しかし、その反対の端に、憎悪がないとは言い切れない。人間の感情というものはそういうふうにできている。だから心変わりも、裏切りも起きる。……しかし人間は、その防止策を編み出した」

「結婚か」

「ご明察。まあ宗派や信条によって細部は変わってくるが、要は、一度絡んだ対象と死ぬまで絡み合いたいってことだな」

 そこに感情以外のものも絡んでくるのが人間らしいがな、と男は笑い、その笑顔のまま、私の目を見つめた。黒の奥に灯る、赤い炎が揺らめく。

「俺も、お前と死ぬまで絡み合っていたいものだな」

「……な、……」

 顔が熱い。ティーカップに目を落とすと、動揺し切った己と目が合った。

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