第2話 藍色の瞳と微笑み

 ――あんな綺麗な髪、初めて見た。


 気づくと、私は少女の方へ向かって歩いていた。

 

 少女のことを気にしていることに気づかれないよう、少し離れた位置に立つ。

 海を見ている人はほかにもいるし、この距離ならば不審に思われることもないだろう。


 そして頃合いを見計らい、チラッと少女を見る。

 どうしても、顔が見てみたくなったのだ。


 少女は、後ろ姿からの期待を裏切らない、人間離れした美少女だった。

 整った顔立ちの中でもひと際目を引く、長いまつげと藍色の瞳。

 髪も瞳も、まるで海がそのまま閉じ込められているかのような美しさだ。


 ――それにしても珍しい色。海外の子かな?

 神戸は観光客も多いし、多くの外国人が暮らしている。

 でも、こんな髪や目の色をした少女は見たことがない。


 そんなことを考えながら、海を眺めつつ横目で少女を気にしていると。


「海にはね、いろんな人が来るの。広大な青は、すべてを包み込んでくれる気がするのかもね」


 少女は突然、私の方を見てそう微笑んだ。

 幼い顔立ちなのに、その微笑みはどこか大人びていて、一瞬年下であることを忘れてしまいそうになる。

 そして私はというと――


「えっ?」


 少女の微笑みに、そして突然声をかけられたことに驚き、思わず間抜けな返事をしてしまった。


 ――ああ、私はいつもこうだ。

 誰かが話しかけてくれても、うまく返すことができない。

 嫌じゃないのに。本当は嬉しいのに。


 でも、自分の中に、彼女の発言に返せるだけの言葉が見つからない。

 ――というかでも、これはちょっと詩的すぎない?

 私たち初対面だよね?


 そんな気持ちが沸き上がるが、同時になぜ「そうだね」と無難な返事ができなかったのだろう、と気づく。

 子どもの言葉を真に受けて固まってしまうなんて。

 私はどこまでコミュニケーションが下手なんだ。


「えっと……」


 何か、何か話さなければ。

 というか親は?

 こんなところに1人で来ているなんて、よほど近所の子なのだろうか?


「ねえ、あなたはここに、何しに来たの?」


 しまった。先を越されてしまった。

 ええと――


「えっと、海を見に……」


 いや違う。そうじゃない。

 海に来て海を眺めていた人にそんな当たり前のことを聞きたいわけがない。

 でも、こんな幼い子に「1人でぼーっとしたくて」なんて言っても、困らせるだけのような気もする。


 私は高校2年生で、正確には大人ではないけれど。

 でもこの子からしたら、きっと大人のように見えているだろう。


「ちょっと考え事をしたくて。海を見てたらいい考えが浮かぶかなって、ね」


 よし言えた! これならいたって普通の回答だろう。

 むしろちょっと大人っぽくてかっこいいのでは?


 ――そう思ったのだが。


 すべてを見透かすような彼女の瞳に、私のそんな気持ちは一瞬でかき消された。

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