あいをつくる

 昔、『鋼の錬金術師』なる漫画が好きだった。死んだ母親を人体錬成しようとして、失敗し、右腕と弟の身体を持っていかれた少年が主人公の漫画だ。有紗は、あれで化学に興味を持った。人を変えるのは科学なのだと、心躍らせた。人を作ってみたいと夢想したこともあったが、有紗には欲しい人間などいなかった。誰がいなくても、有紗は喪失を感じないからだ。別段、惜しい相手もいない。

 人を作るまではできなくても、人の身体の状態に作用することができるものがある。薬だ。有紗はその魅力にとりつかれ、高校で勉強に励み、大学は薬学部に進学した。そうして研究者を目指すコースに入り、卒業し、創薬研究に関わっている。有紗は、それなりに優秀な方だ。

 まあ、でも、ひとをつくるまでの薬は、ないのよね。残念ながら。

 有紗はため息をついた。

 あいをつくろうと思ったら、やはり原始的で、痛みを伴う方法に頼るしかないのか。

 人体錬成の方が、有紗の好みに合っていたが、ここは現実世界で、ファンタジー世界ではない。

 人類の叡智は、どうしていつも女性のために使われるのが遅いのだろう。それもこれも、女性の権利を未だに訴えなければならないこの現代のせいだと思う。つまり、遅れているのだ。

 有紗は、手っ取り早く、あいをつくることを考えていた。

 やり方なんか、一つしかないようなもんか。

 ため息をついて、有紗は考えをめぐらせ始めた、


 まず有紗は出会い系サイトに登録し、ひたすら出てくる男の画像とプロフィールを見ては、簡単に言うことを聞きそうで、お金をもらえるなら倫理観を吹っ飛ばせるような雰囲気の、つまるところ、そこそこ馬鹿で軽薄そうな男を選んでは、メッセージを送っていった。

 収入が高く、顔もメイクで盛れば美人の部類に入る有紗には、すぐに返信があった。ヒモになりたい願望でもあるのかもしれない。

 とにかく、馬鹿でも何でも、使える駒が手に入ってくれればいい。

 有紗に返信を寄越した男のうち、三人と会う約束をした。


 カフェの一角で、有紗はしっかりと言い放った。

「私、子どもが必要なの。で、子どもを作るのに協力してほしいのよ。もちろん、お金は払うわ、五十万。それがあなたの精子の代金と口止め料よ。これからも、ずっとこのことを口にしないし、子どもの父親として名乗りを上げたりしない、っていう約束、守れるかしら? 守られなかったら、そうね。あなたに無理やり妊娠させられたって、騒いであげる」

 脅しも含んだそれに、一人目の男は、有紗に反論して席を立った。

 曰く、「子どもに対する責任を放棄して五十万なんて、そんな話があるか。いくらもらっても、子どもは僕の子どもだ」と。無責任な男ばかりかと思ったけれど、そうでもないのだろうか。いいや、男っていうのは、結局子どもというお荷物を作るだけ作っては、女に押しつけていくだけの、厄介な搾取者だ。

 二人目の男は、話を聞いて、その場で話に乗ると決めたようだった。音楽活動に、お金が必要なので、精子を五十万で買ってもらえるなら、それでいいと言った。使い勝手のよさそうな頭の程度も、有紗にとってはよかった。

 三人目の男にはキャンセルのメッセージを送り、有紗はカフェを後にした。


 そうして、大学時代の同級生に、体外授精をはじめとした処置を頼み、有紗のあいをつくる過程が始まった。

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