寛大な魂 〈童話〉
お空が赤く染まる頃、母さまが浴衣を着付けてくれました。婆さまが仕立てた藤色は、色白のユキにとっても似合っています。ユキはあまりに嬉しくて、ぴょんぴょんと跳ねました。狐か兎のようだねと婆さまがユキに言いました。
「婆さま、早く行きましょう」ユキは婆さまの手を取って下駄を履かせてもらいます。今日は年に一度の夏祭り。ユキは毎年、田舎の婆さまの家に泊まります。昼間は近くの川で水遊びをして、たっぷりお昼寝もしました。
「ユキちゃん、ごめんね。みいちゃんがまだ起きないの。婆さまと先に行っててくれるかな」母さまが妹をうちわで扇ぎながら言いました。
「うん、分かった」ユキは一瞬、寂しく感じましたが、花火の音に急かされて、早く神社に行きたくなりました。林檎飴や綿菓子、ヨーヨー、盆踊りを見るのも楽しみです。浴衣とお揃いの巾着袋を振るとチャリンと小銭の音がします。
婆さまの家を出てすぐ右に曲がると、坂道があります。ユキは脱げそうな下駄に苛立ちながら立ち止まって振り返り、婆さまに早くと手招きします。
───こんな所に花が咲いてたかな。わあ、かわいい花。
ユキは道端に、昼間は気がつかなかった赤い小さい花を見つけました。よおく見ると赤いのだけじゃなくて、黄色や白や、赤と白が混じったのもあります。
ユキは一つ摘みます。親指と人差し指で簡単に摘めました。手に取ってみると、赤じゃなくて濃いピンク色です。いくつも摘んで花束にしたいと思いました。
「ユキ、お待ちどう様。あんた足が早くて追いつけん。あれ、ユキ、白粉花は摘んじゃいかん」突然、婆さまの大きな声がして、ユキは持っている花をはたき落とされました。ユキは驚いて、婆様にどうしてなのか尋ねました。
「その花は
「ほおら、潰すと、白い粉が出てくる。これが白粉。───お宮さんに着くまで、どうして摘んじゃいかんか話そうかね」
婆さまは曲がった腰を一度伸ばして、遠くを見やり、話しはじめました。
□ ▪️□ ▪️
婆さまがユキと同じ年の頃、此処らはまだ田んぼも無くて、荒れ廃れた畑ばっかだったんよ。日照り続きでな、雨降れ、雨降れって大人はみんな祈ってた。
何日祈っても雨は降らん。痺れを切らした神主が、あっ、神主とはな、今から行くとこの神社の偉い人の事だけど、その神主が雨乞いすると言い出した。
水神様が住まわれる沼があってな、そこで雨乞いの儀式をした。最初はお地蔵さんを縛って沈めたんだけんど、雨粒一つも降りゃしない。
次に兎や狸の内蔵を放り投げた。そうすりゃ、水神様もお怒りになって、大雨降らすと期待した。それでも雨は降らんかった。村人はみんながっかりして、最後の犠牲を差し出すしかなかった。それはこの土地に古くから伝わる事で、村人の多くは反対したけんど、背に腹はかえられん。やるしか、やるしかなかった。
ユキ、あそこにポツンとお墓があるの見えるか? あそこにお狐様が眠ってる。お狐様とは狐の事じゃなくて、お美代ちゃんの事なんだけどな。
辛いなぁ、婆さまはお美代ちゃんの事を思い出すのが、辛い。村の衆の多くが反対しても、神主は生娘の犠牲を捧げる事を要求してきた。水神様の思し召しじゃ断れん言うて、家の者も泣く泣く、娘を差し出した。
水神様に嫁入りする様に、お美代ちゃんは沼に入った。そしたらな、ちゃーんと次の日から雨が降った。お美代ちゃんの泪のように土砂降りじゃった。
村の衆はせめてもの償いに、お美代ちゃんの願いを叶えてやる事にした。冷たくなったお美代ちゃんにユキと同じ色の浴衣を着せて、化粧してやる事だった。
村の衆は貧乏で白粉なんて持っとらん。白粉花の種をいくつも潰して、白い粉を優しく塗ってやったな。婆さまもそうしてから、お美代ちゃんに手を合わせた。
お美代ちゃんは埋葬されたあと、神様に仕えるお狐様になったんだと。水神様がお美代ちゃんに報いたんだと。婆さまはそう聞いて育った。白粉花を摘むとな、お美代ちゃんが遊んで欲しくてついてくる。だからその花は……ダメ。
□ ▪️□◼️
婆さまはふうとため息をつくと、もう一度腰を伸ばしました。いつの間に集めたのか、白粉花の種をポケットから出してユキに渡します。
「ユキ、お墓にお供えして来て。お美代ちゃんありがとうって」
まだ十才で亡くなったお美代ちゃん。お美代ちゃんの命の犠牲のおかげで、婆さまから母さま、そしてユキへと命が繋がっています。
ユキは種と、巾着袋からアメを出して、お墓に手を合わせました。婆さまがお美代ちゃんと同じ色の浴衣を仕立ててくれたのも分かりました。
今夜はお美代ちゃんに感謝する日でもあるのです。ユキちゃんのおかげで、今年もまた豊穣の祭りを楽しめます。
『寛大な魂は自分も肥え、他の者に惜しみなく水を注ぐ者は、自分もまた惜しみなく水を注がれる』箴言11:25
お美代ちゃんは自分の命を捧げて、神様から別の命をいただきました。寛大さを示したんじゃなくて、強引にとられちゃった。( ; ; )けど。
ホラーっぽい童話だったかもしれません。笑
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