第2話「カウントダウン」

 カウントダウンは続く。


 ケイの十歳の誕生日。


「約束まであと八年だね」


「そうだね」


 前の年のやりとりの印象が強くてその年はさすがに憶えていた。


          *


 ケイの十一歳の誕生日。


「約束まであと七年だね」


「そうだね」


 例年通りの変わらぬやりとりが続いた。


          *



 ケイの十二歳の誕生日。


「約束まであと六年だね」


「そうだね」


 例年通りの変わらぬやりとりが続いた。


          *


 月日は流れ、ケイも中学生になった。


 無口で無表情で友達の少なかったケイがうまくやっていけるか少し心配だったが、それについては僕の杞憂に終わった。


「部活に入った」


 卓球部に入ったケイは楽しそうだった。


 それに比べて僕と言えば、大学に入って初めてできた彼女に振られたショックで落ち込んでいるところをケイに慰めてもらうという実に情けない姿をさらしていた。


 そしてケイの十三歳の誕生日。


「約束まであと五年だね」


「……そうだね」


 例年通りの変わらぬやりとりだが返事がちょっと遅れた。


          *


 ケイの十四歳の誕生日。


「約束まであと四年だね」


「そ、そうだね」


 いつもと変わらぬやりとりだけどちょっと口ごもってしまった。


 少し冷や汗もかいていた。


 このやりとりは本当に一体いつまで続くのだろうか不安になっていた。


          *


 ケイが中学三年になるその年。


 僕は教師になった。


 大学の教授に紹介された勤め先の高校の名は藍堂学園。


 女子高でしかもお嬢様学校で名高いところだった。


「私は藍堂学園に入る」


 予想していた言葉が受験を控えたケイの口から聞かされた。


「別の所にしなさい」


 僕はそれを止めようとした。


「どうして?」


「それはね━━」


 高校も卓球部に入りたいと言っていたケイである。


 でもうちの学校には卓球部はない。


「藍堂学園には卓球部はないんだよ」


「でもユウ君がいる」


 断固たる決意でケイはそう告げた。


 その後も別の高校にするように説得はしてみたがケイは折れなかった。


 そうしてケイは難関である藍堂学園を受験して見事合格をした。


 ケイの十五歳の誕生日。


「約束まであと三年だね」


「そうだね」


 去年よりも冷や汗をかいていた。


 不安は増すばかりだった。


          *

 

 僕の教師生活二年目。


 ケイも高校生になった。


 遠い親戚にあたるとは言え、教師と生徒が同じ家で過ごしている(大学に入ってからは夕飯だけ御馳走になってその後は家に帰っていた)のは周りの評判が良くないだろう。学校ではなるべく話しかねないようにと言ってはいたのだけど。


「ユウ君」


 廊下でケイに発見されて呼び止められた。


「ケイ。ここじゃあまり話しかけないように」


「ごめん。学校で会えるのが嬉しくて」


 ケイは聞き分けのいい子だけど、その時は少々はしゃいでいたようだ。


「ユウ……」


 ケイが僕を呼ぼうとした時、廊下の角を曲がってきた別の生徒が近づいていることに気付いた。


「……先生」


 ケイはとっさにそう言った。


 生徒は一瞬こっちを見たがすぐに離れていった。


「危なかった」


 その様子を見て僕とケイは安堵する。


「ケイ。学校じゃ呼び方に気を付けて」


「ごめんなさい。気を付ける」


 この時は助かったと思っていた。


 その数日後。変化に気付いた。


 朝、登校中の僕のクラスの生徒が二人で歩いているのを見つけた。


「おはよう」


「「おはようございます。ユウ先生」」


「えっ」


 驚く僕を置いて生徒達は歩いていく。


「ユウ先生。おはよう」


 二人の他の生徒が僕を呼びながら走っていく。


 なにがどう伝わったのかは知らないけど、あの出来事がおきてから生徒達の僕の呼び方が変わった。


 一年目は「中西先生」だったのだが、二年目は「ユウ先生」に変わっていた。


 生徒からの呼ばれ方が劇的に変わった他にも、ケイが藍堂学園に入ってから色々な事があった。


 入学早々、軽音楽部を作り四人の部員によるバンドグループを結成した。


 担当はドラム。


 そしてその活動を認めてもらうために軽音楽部の顧問になってくれと言われた。


 メンバーはケイ以外の三人は二年生。一人は成績優秀な優等生だったが残りの二人はトラブルメーカーとして名の上がる生徒と評判は良いが一年留年している生徒だった。


 正直部活動の顧問などやっている時間はなかったしケイに妙な部活に入って欲しくはなかったのだが。


「ユウ君。お願い」


 ケイの真剣な目に負けて顧問を引き受けることになった。


 彼女達は凄かった。


 わずか一ヶ月後の新入生歓迎会で演奏してそれなりに盛り上がっていた。


「まだ満足出来ない」


 そう言ってケイはドラムの猛練習を行った。


 他の三人も同じように努力した結果、二度目のライブは大成功だった。


 顧問を引き受けて仕事量が増えてしまったけど、元々ケイが自ら卓球部を作ることがあればその顧問を引き受けるつもりでいたし、ケイが楽しそうにしているから良しとした。


 ケイの十六歳の誕生日。


「約束まであと二年だね」


 冷や汗が止まらなかった。


          *


 僕の教師生活三年目。


 ケイの高校生活二年目。


 軽音楽部の活躍の日々が記憶に残っている。


 学園祭ではそれを見るために来た別の学校の生徒もいたくらいだ。


 生徒からの招待チケットがないと中に入れないはずなのに、その年の来訪者数は例年よりも多かったと言う。


 ケイの他の三人は三年生なので三人が卒業する今年で終わりになる。


 解散ライブと称された最後の卒業ライブはプロの音楽グループを呼んだような大反響だった。


 そうして激動の一年が過ぎていった。


 そしてケイの十七歳の誕生日。


「約束まであと一年だね」


 ケイは例年通り変わらずにそう告げる。


 僕は曖昧に頷いただけで返事はしなかった。


 いつか終わると思っていた約束までのカウントダウンも残すところ最後の一回。とうとう来年のラストを残すだけになってしまった。


 ケイが十七歳になったその日。僕は一睡もできなかった。

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