第21話 学徒

「はい、海君。あ~~んしてください」


「莉音!? 僕は1人で食べれる‥‥‥」


「う・み・くん!!」


「すいません!! すぐに口を開けます!!」



 一瞬だけ鋭い眼光で僕の事を睨んだ莉音が怖くなり、されるがままに口を開けた。

 莉音は自分の弁当箱から玉子焼きを箸で掴み、それを僕の口へと運んでいく。



「はい、あ~~ん」


『パクッ』


「おいしいですか? この玉子焼き?」


「うん。すごくおいしいよ」


「お口にあってよかったです」



 隣でニコニコと笑う莉音に対して、さっきから僕の背中は冷や汗だらけだ。

 その理由は莉音の隣で僕達のやり取りを見る人物がいるからだった。



「莉音ちゃんと如月君は、本当に‥‥‥本当に仲がいいのね」


「ひっ!?」


「はい、私と海君は凄く仲良しなんです」


「いいわね、先輩後輩同士で仲が良くて」


「はい! 私と海君は他の誰よりも仲がいいんですよ」



 怖い。いつもの月城さんとは違い、僕の事を威圧しているように見える。

 加えて莉音もニコニコと笑っているけど、月城さんに負けていない。2人の間に見えない火花が見えたような気がした。



「はっはっは。さすがの海も、莉音ちゃんと月城にはたじたじだな」


「望、からかわないでよ」


「からかってないぞ。今のお前の状況を見たら誰だってそう思うだろう」



 望の発言はもっともだけど、それを認めたくない。

 認めたらそれこそ修羅場だって事を肯定していることになる。



「そういえば黒柳君はどうしてここにいるの?」


「それはもちろん俺は海の親友だからな。ここにいてもおかしくはないだろ?」


「そうね。確かに貴方達はよく一緒にいるものね」


「何だよ、その言い草だと俺がここにいるのが悪いみたいじゃないか」


「はぁ。貴方ね、もう少し如月君に気を使った方がいいんじゃない?」


「気を遣うって、何に気を遣うんだよ?」


「そっ、それはその‥‥‥色々気の使いどころはあるでしょ!?」


「なるほどな。一体月城は海達のどこら辺に気を使ってるのかな?」


「むむむ‥‥‥」



 先程から月城さんは望に挑発されているけど、どうしたんだろう。

 いつもの月城さんなら言い返すのに、今はその場で唸っている。



「月城さんらしくないけど、どうしたんだろう」


「そんなこと気にしなくていいじゃないですか。それよりもお昼ご飯を食べましょう」


「うん」



 月城さんの様子は気になるけど、気にしてもしょうがない。

 それよりも昼休みは有限じゃないんだから、早く弁当を食べないと。



「そういえば莉音、そろそろ新入生歓迎会があるよね?」


「はい! 明後日やるんですけど、楽しみです」


「新入生歓迎会か。またあの七面倒くさいイベントをするのか」


「新入生歓迎会って、何をするんですか?」


「さぁな。俺もわからん」


「ちょっと望!? 去年僕と一緒に見に行ったじゃん!?」


「俺はあの時寝てたから覚えてないんだよ」


「あぁ、そういえばそうだね」



 講堂で開かれた新入生歓迎会の時、望は隣でいびきをかきながらぐうすかと寝ていた覚えがある。

 僕が起こすまで舞台の方なんてまるで興味を示していなかった。



「望さんは何をしに新入生歓迎会に出席したんですか?」


「昼寝をする為だ」


「昼寝なら家に帰ってからすればいいじゃないですか」


「望らしいといえば、望らしいけどね」



 莉音もどこかあきれ顔だ。だが莉音がそんな反応をするのも必然である。

 新入生歓迎会では様々な催し物がある為、新入生だけでなく在校生でも見たい人が大勢いるのだから、望のやっていることは暴挙以外のなにものでもない。



「別にどこで昼寝をしていても問題ないだろ?」


「それを新入生歓迎会でする望の肝が据わっているというかなんというか」


「黒柳君は破天荒なのね」


「破天荒なんて言葉、茂みから俺達の事を覗いていた奴に言われたくないな」


「なっ!? あれは別に破天荒な行動じゃないでしょ!?」


「確かに破天荒な行動じゃないけど、ぶっ飛んだ行動って意味では同じような物だろ?」


「仕方がないでしょ!! いくら誘っても如月君が振り向いてくれないんだから」


「ちょっと喧嘩はやめようよ!! 今は莉音に新入生歓迎会の雰囲気を伝える目的で話していたんでしょ!!」


「そうですよ。私も新入生歓迎会の事が知りたいです」


「莉音ちゃんがそう言うのなら‥‥‥」


「仕方がないな」



 莉音が間に入ってくれたおかげで、何とか丸く収まった。

 いつもは望と喧嘩している莉音が間に入るのだから珍しい。



「仕切り直しで説明するけど、新入生歓迎会ではこの学校の生徒会や学徒の紹介があるんだよ」


「学徒って何ですか?」


「将来国家の中枢を担うと言われているエリートが集まる集団だよ」


「望、その説明はちょっと雑じゃない?」


「雑も何も説明の通りだろ?」


「学徒がどういう事をしているかも説明しないと、莉音がわからないよ」



 今の説明だけで学徒のことがわかる人なんていないだろう。

 現に莉音も首を横にひねっている。



「黒柳君の代わりに説明するけど、学徒の主な活動目的は世間の魔法士のイメージを向上させることよ」


「例えばどんな活動をしているんですか?」


「広報活動みたいなものね。学校ごとに行われる闘技大会や学園祭の各種イベント、そこでメディアに対して矢面に立って学校の紹介をするのが学徒なの」


「学校の広報的な役割を行っているんですね」


「そうよ。他にも軍が行ってる仕事のちょっとしたお手伝いとかも仕事に入るかな」


「軍の仕事ですか?」


「そうよ。街の見回りとかも私達学徒の活動に入ってるわ」


「月城さん達がこの前見回りをしていたのも、学徒の活動の一環なの?」


「そうよ。魔獣が出現したことで警備の人間を増やす必要があって、私達も見回りに参加したのよ」


「でも、危険ですよね。魔獣と戦わないといけないんですから」


「あれは私の独断よ。本来は見つけたら即時軍に報告しないといけなかったの」


「それなのにどうして戦ってたの?」


「あそこは住宅街だったし、何もしなければ一般人に危害が及ぶと思ったから、咄嗟に攻撃してしまったのよ」


「魔獣と戦って勝てると思ったのかよ。凄い自信だな」


「そうね。魔獣の特性は軍の人から聞いてたから、自分で倒せると思ったのもあるわ」


「それであんな事になってたんだ」


「どうせ軍の方から攻撃指令が入っていたから、先に攻撃しても後から攻撃しても同じだったわよ」


「あの時も同じことを言っていたね」


「えぇ。むしろあそこで観察なんてしていたら、住民に被害が出ていたと思う。あそこで攻撃を加えた私の判断は間違っていないわ」


「それで海の助けを借りてたら世話ないだろう」


「確かにあれは私の落ち度もあった。如月君には感謝してるつもりよ」


「月城にしてはやけに素直だな」


「実際如月君がいなかったら私の方がやられていたからね」



 月城さんはあの時そんな事を思っていたのか。

 確かにあの魔獣は特殊だったし、月城さんじゃなくても苦戦しただろう。



「学徒って意外と危険な事もさせられるんですね」


「この前のような事が起こるのは本当に稀な話よ。基本的に危険なことは軍が担当するから、学徒が危険にさらされる事はないわ」


「そうなんですね」


「それに学徒に所属すると、毎月お金も入ってくるのよ」


「へぇ~~。それは初耳だ」


「月によっては学徒の仕事がなくても所属しているだけでお金が入ってくるから、バイトするよりもこっちに所属した方が効率がいいってことでこの団体に入る人も多いの」


「なるほど。確かに学徒に入ることで得られる利点が多いのがわかったよ」



 大体学徒に入るメリットはわかった。そういう事情なら学徒に入る人が多いのも納得である。



「今話したことが学徒が行う大体の仕事内容よ」


「その人達が今度の新入生歓迎のパフォーマンスとして、歌や演奏や劇等の催し物をするんだよ」


「凄いですね!! 私もぜひ見てみたいです」


「あんまり期待しない方がいいと思うぞ」


「何故ですか?」


「あれはただの一般大衆向けのパフォーマンスだ。学徒の実態なんてさっき月城が話した通りの、国家上層部のパシリみたいなものだからな」


「ちょっと、黒柳君!! その言葉聞きづてならないわね!!」


「俺は間違ったことは言ってないぞ。正直魔獣が出現したのにも関わらず街の見回りを学生に任せてる時点で、軍の上層部はおかしいと思うけどな」


「あれは上の人達が別の事件を追っててて、街の警備に人が割けないから私達が動員されたのよ!!」


「月城先輩、やけに学徒の事についても詳しいですね」


「そっ、それは!?」


「月城さんも学徒の一員だからだよ」


「海も知っていたのか」


「うん。この前会った時、月城さんがそう話してたからね」


「覚えていたの!?」


「うん。忘れるわけないよ。月城さんも説明してくれていたじゃん」


「確かにそうだけど‥‥‥」



 僕に自分が学徒だってことを知られたくなかったのか、月城さんの表情はすぐれない。

 もしかすると月城さんが学徒に入ったのは、何か理由があるのかもしれない。



「凄いです!! 月城先輩は新入生歓迎会で何をされるんですか?」


「私のグループは演劇をやるわ」


「グループ? 学徒って複数のグループがあるんですか?」


「そうだよ、莉音ちゃん。学徒は月組、華組、雪組、星組と4つのグループがあるんだ」


「私はその中で月組に所属しているの」


「学徒のグループってそんなに細かく分かれてたんだ」


「私も初めて知りました」


「グループが多ければいいってものでもないぞ。月城がいるグループなんて、5人ぐらいしかいないしな」


「ちょっと失礼ね!! グループの良しあしは数じゃなくて質なのよ!! し・つ!!」


「そうだよ望。今日の望は月城さんにあたりが強くない?」


「そうですよ。どうしたんですか?」


「別に」



 何故か知らないけど、望は学徒に対してあまりいい感情を持っていないように思えた。

 その理由はわからない。だけど望程の実力がある人が学徒に入ってるって話は聞かないし、何か理由があるような気がしてならない。



「月城先輩も舞台に出るんですよね? 私絶対に見に行きます!!」


「ありがとう。莉音ちゃん」


「もちろん海君も見に行きますよね?」


「ごめん、莉音。僕達は見に行けないんだ」


「何故ですか!?」


「如月君達は2年生だから、入れないのよ」


「そうだよ。新入生歓迎会は1年生限定の催し物だから、在校生である2年生や3年生は入れないんだ」


「そっ、そんな~~」



 莉音があからさまに肩をがっくりと落とし落ち込んでいる。

 僕と行けなかったことがよっぽど悲しいらしい。



「ふふっ、如月君は私が舞台で立っている所をみたい?」


「いや僕は別に‥‥‥」


「見たいです!! そうですよね!! 海君!!」


「えぇ!?」


「ほら、海君も月城先輩の舞台を凄く見たそうにしています」


「いや、これは見たいというよりは驚いていただけで‥‥‥」


「みたいですよね!! う・み・く・ん!!」


「はい!! 僕も月城さんの舞台をみたいです!!」


「そんなに見たいなら最初から言えばいいのに」



 月城さんはポケットから3枚の細長い紙を出す。

 そしてそれを僕に渡した。



「これは?」


「新入生歓迎会のチケットよ。これは関係者席のチケットだから、よかったら使って」


「いいの? こんな大切な物もらっちゃって」


「えぇ。元々私には誘う人がいなかったから。貴方達3人で見に来ればいいわ」


「やりました!! ありがとうございます。月城先輩!!」



 莉音は僕からチケットを受け取ると、嬉しそうに自分のポケットに入れる。

 よっぽど新入生歓迎会を楽しみにしていたようである。



「でも、何で3枚もくれたの?」


「私と海君だけなら2枚で十分だと思いますけど?」


「そこでふんぞり返っている人にも、私達学徒の素晴らしさをわかってもらおうと思って3枚渡したのよ」


「はぁ!? 俺は行かないぞ!! そんな所!!」


「望君、折角月城先輩がチケットをくれたんですよ。見に行きましょうよ」


「でもな‥‥‥」


「もし来てくれないのなら、薫子さんに‥‥‥」


「わかった、行くよ!! 行けばいいんだろ!!」


「それでこそ望君です」


「莉音は一体望のどんな弱みを握ってるんだろう‥‥‥」



 あの望がいう事をきくのだから、きっとすごい弱みに違いない。

 唯一わかるのは望の弱みに関して言えば、薫子さんが関係していることだ。

 それも薫子さんが関係しているって、一体何なのだろう。ものすごく気になる。



「そしたら明後日の放課後、楽しみにしているわね」


「はい!! よろしくお願いします!!」



 莉音の元気な声に、僕と望はげんなりしている。

 こうして僕と望は莉音と共に新入生歓迎会を見に行くことが決まったのだった。



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