第10話 如月家のお手伝いさん

「なるほど、そういうことがあって望様も海さんの家にいるんですね」


「はい」


「びっくりしましたよ。海さんの家に夕食を作りに来たら、まさか望様までいらっしゃるとは思いませんでしたから」



 日も暮れて空が暗くなってきた時間、僕の家のキッチンで夕食を作る女性がいる。

 まだうら若い落ち着いた雰囲気を醸し出す黒髪の女性、望の家のお手伝いさんの倉田薫子さんだ。



「薫子さん、俺のご飯は多めでお願いしますね」


「わかりました。もう少しでできますので、少々お待ちください」



 淡々と答えを返す薫子さんに対して、僕は苦笑いをする。

 望の奴、自分の家のお手伝いさんだと思って気楽にお願いしすぎだろ。



「いつもすいません、薫子さん。何かお手伝いすることはありますか?」


「そうですね‥‥‥そしたら棚にある食器を出してくれませんか?」


「わかりました」



 こうやって僕は薫子さんが来た時は出来るだけ家事を手伝うようにしてる。

 莉音はいつも家事を頑張ってくれているので薫子さんが来た時は休んでもらっている。

 今は望と一緒にテレビを見ていた。



「海さんも休んでもらっても構いませんよ」


「大丈夫ですよ。気にしないでください」



 薫子さんだけ働かせて、1人休むことなんて出来ない。望の家から出張してきてもらっているんだ。

 自分1人だけ甘えるわけにはいかなかった。



「これでよし。薫子さん、準備ができました」


「そしたら料理をお皿によそいますので、テーブルまで運んで下さい」


「わかりました」



 薫子さんが準備した料理を順々に運んでいく。

 箸等も準備ができ、夕食の支度が完了した。



「海さん、ありがとうございます」


「それはこちらのセリフですよ」



 薫子さんが来てくれて、僕達兄妹がどれだけ助かっているかわからない。

 それこそこの人がいなかったら、僕達の生活が成り立たなかった。

 まさに如月家を支えてくれる功労者である。



「では夕食にしましょう。莉音さんに望様、ご飯にしますので、テーブルの方に来てください」


「「は~~い」」



 テレビを途中で中断して、2人も椅子に座る。

 全員椅子に座り、食べる準備ができた。



「薫子さん、俺の席はどこ?」


「私の正面の席でございます」


「ありがとう。薫子さん、あれ?」


「どうしたの? 望?」


「いや、俺のスープだけやけに少ないなって思ってな


「本当だ。僕や莉音の半分ぐらいだ」



 薫子さんにしては珍しい。こんな間違いをするなんて。

 だけど薫子さんを見ると全く動じていない。むしろこれが普通だと言わんばかりだ。



「薫子さん。俺、大盛お願いしたんですけど?」


「海さんが夕食の手伝いをしてくれているのに、望様は何故暢気にテレビを見ているんですか?」


「薫子さん!?」


「お屋敷では他の者が仕事をしているのでゆっくりしてもらっても構いませんが、ここには私達4人しかいません。莉音さんはいつも朝食の支度等をしてくれているので私が来た時ぐらい休んでいても構いませんが、望様は手伝うべきだったのではありませんか?」


「でっ、でも‥‥‥」


「いいわけはいりません。旦那様がこの光景を見たら、私と同じことを言いますよ」



 望がいい負ける所を始めてみた。

 どうやら薫子さんは先程の望の態度に対して怒っているみたいである。



「確かに薫子さんの言う通り、望君が暢気にテレビを見ていたのが悪いと思います」


「莉音ちゃん!?」


「望様」


「すいません、薫子さん!! 今度から気をつけます!!」



 涙目になる望に対して、僕と莉音は笑う。

 普段は自信満々の望がここまでうろたえるのは中々みない。

 それもこれも薫子さん相手だからだろう。昔聞いた話によると、望にここまで厳しく言うのは望の母親か薫子さんだけだと言う。

 なんでも望の母親から薫子さんは望のしつけをしてほしいと頼まれているみたいだ。昔何故望をしかるのか疑問に思って聞いたら、そのような回答が帰ってきた



「薫子さん、いつも僕達の家の事を手伝ってくれてありがとうございます」


「いえいえ。これも旦那様のご指示なので」



 スープを一口飲んだ後、薫子さんが答える。

 こうして今は家族の一員のように感じるけど、来た当初は違和感しかなかった。



「そういえば薫子さんが海の家のお手伝いを始めてから、10年も立つのか」


「もうそんなに経つんだね」



 僕の両親が亡くなってから10年。その間僕と莉音を支えてくれたのは薫子さんである。

 望のお父さんが僕達の後見人となってくれた後、この家に住めたのもこうして薫子さんが頻繁に家の手伝いをしに来てくれたからである。



「あの時の私は高校生。まだ望様の家に仕え始めたばかりでした」


「歳が少しでも近い方がいいってことで、薫子さんが選ばれたんですよね?」


「旦那様はそのようにお話しされていました」



 冷静に話しているように見える薫子さんだけど、その様子を観察すると昔を懐かしんでいるように見えた。

 


「まさか旦那様に仕えて初めての仕事が、海さん達の家で家事をすることになるとは思いませんでした」


「親父は色々と考えてるからな。総合的に考えて薫子さんがいいと思ったんだろう」


「そういうこと?」



 薫子さんが来た当時、望のお父さんが何で薫子さんが家のお手伝いさんに選んだのかわからなかった。

 その事に何か裏があったかのように思えた。でもその考えも時間が経つに連れて変わっていった。



「でも、結果的に海さんや莉音さんと関われてよかったと思います」


「僕もです」


「私も!」



 薫子さんと暮らした今までの日々は楽しかった。

 この人は両親を失った僕と莉音のぽっかり空いた心を埋めてくれたので、薫子さんには感謝してもしきれない。



「薫子さん、俺は!?」


「そうですね‥‥‥」


「薫子さん!? そこで言葉に詰まらないでくださいよ!!」



 僕の家の食卓に笑いが起こる。

 相変わらず望は薫子さんに弱いみたいだ。



「早く食べてしまいましょう。ご飯が冷めてしまいますよ」


「「「はい」」」



 こうして楽しい夕食の時間は刻々と過ぎていく。食事中僕達の笑いが絶えることはなかった。



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