第1章 運命の始まり 首都防衛線

第3話 10年後 始まりの日

「101!! 102!! 103!!」



 朝の誰もいない公園。そこで僕は日課となっている木刀をひたすら振っている。

 木刀の振り方は上から下に切る動作もあれば、右下から右上に切り上げたりと実践を想定して鍛錬に励む。



「301!! 302!! 303!!」



 この鍛錬はスーツ姿の男に襲われてから1度も欠かしたことのない僕の朝の日課だった。

 全ては僕の家族を殺した元凶、スーツ姿の男を僕の手で殺す為。

 その為にこの鍛錬を続けている。



「521!! 522!! 523!!」



 僕の家で起きたあの惨殺事件から10年が経過して、僕は17歳の高校2年生になった。

 あの事件後も、僕と莉音は以前と同じ家に2人で暮らしている。


 7歳の時両親死んでしまったことで親戚の家で別々の場所で暮らすことになりそうだったが、それを望のお父さんが後見人になってくれたおかげでかろうじて免れた。

 それからは望の家のお手伝いさんが僕達の家に頻繁に来て生活の手伝いをしてくれたおかげで、これまでと変わらない生活を送れている。

 僕にかかわってくれているみんなのおかげで、今でも僕達はこの地で暮らしていけていた。



「998!! 999!! 1000!! 今日の所はこれぐらいにしようか」



 ベンチの所に置いたタオルを取り、汗をぬぐう。

 同時にベンチに置いておいたラジオの電源を入れた。



『それでは次のニュースです。東京の支部会で行われた代表会議で新たに決定された法案が施行され‥‥‥』


「あいつの手掛かりはなしか」



 テレビ代わりに聞くラジオでは、今日も朝の最新ニュースが流れている。

 あれから10年間欠かさずあのスーツの男の情報がないかテレビやラジオのニュースを聞いて確認しているが、あいつにつながる手掛かりは今のところない。



「あれだけの事件を起こした犯人なんだから、絶対に他でも同じことをしていると思ったんだけどな」



 あの様子からして、衝動的な犯行ではないはずだ。絶対に計画的に犯行に及んでいる。

 何故僕の家を狙ったかわからないけど、もし無差別で犯行を起こしているのなら絶対に類似した事件があるはずだ。

 だけどここ10年、それらしき犯罪は見当たらない。毎日ニュースを聞いているけど、そういった話を聞くことはなかった。



「見つけたぞ!! 海!!」


「望!? どうしたの、朝早くからこんな所に来て!?」


「どうしたもこうしたもない。どこに行ったのかと思ったら、こんな所にいたのか」



 息を切らせてきたのは、制服姿の望だった。

 望は10年前とは違い、身長は高く体は細い所謂細マッチョな筋肉質の体系になっている。

 昔はお調子者だったのに、今では格好良くてワイルドな男になった。周りから可愛い可愛いと言われる僕とは違い、クラスでも女子の人気の的になっている。



「一体何をしていたんだよ?」


「何って木刀を振ってただけだよ。毎朝の日課でやってるでしょ」


「だったら家の庭でやれよ!! みんなが心配するだろ!!」



 望の必死な様子を見る限り、本当に僕の心配をして探してくれたみたいだ。

 よく見ると額から大粒の汗を流している。きっと僕を探してここら中を探し回っていたのだろう。



「ごめん」


「俺に謝らなくてもいい。謝るなら莉音りおんちゃんに謝ってくれ」


「莉音に?」


「さっき海の家に行った時、莉音ちゃんも海がいないことに驚いてたんだぞ。俺以上に心配していたんだから、そっちに謝ってくれ」


「わかった」



 莉音まで心配していたなんて思わなかった。時々気分転換で公園でやっていたけど、次からは莉音にちゃんと伝えてからここに来るようにしよう。



「それとこれは俺からの差し入れだ」


「これって、おにぎり?」


「そうだ。どうせ海のことだから朝飯を食べてないと思って、持ってきてやったんだよ」


「ありがとう。望」


「別に礼なんていいよ。家から出る時、薫子かおるこさんからもらった奴だから」


「薫子さんが作ってくれたの!?」


「そうだよ。俺が海の家に行く前に『海さんと莉音さんに食べてもらってください』って言って渡してくれたんだぞ」


「あの薫子さんが!?」


「そうだよ。うちのお手伝いさんにまでお前達は心配されてるんだから、次からは気をつけてくれよ」


「うん。わかった」



 まさか望の家のお手伝いさんにまで気を遣わせるなんて。

 薫子さんは僕の家で起きたあの事件以降、よく家に来てくれる望の家のお手伝いさんで僕達とは顔見知りの関係だった。



「このおにぎり、すごくおいしい」


「そりゃあ薫子さん特性のおにぎりだからな」


「薫子さんって、高校に入学した時、望の所の使用人になったんだよね?」


「そうだよ。本人はお金がないとかで生活に困窮していて、それを見かねた親父が雇って住み込みでお手伝いをしているんだ」


「そうなると歳は今26歳だよね」


「今年な。誕生日くるまでは25歳だ」


「でもそんな風には全く見えないのが凄いよね。見た目は大学生ぐらいのお姉さんって感じがする」


「その言葉、薫子さんに言ってあげると凄く喜ぶぞ」


「薫子さんがそんな言葉で喜ぶかな?」



 いつもお礼を言っても返事は帰ってくるけど、薫子さんが笑った表情をあまり見たことがない。

 妹の莉音も『薫子さんが何を考えているかわからない』とよく言っている。



「大丈夫だよ。あの人は絶対に喜んでるから」


「そうなのかな?」


『次のニュースです。3月未明に横浜港を出港した豪華客船ウェインブリッジ号は、1000人以上の乗客を乗せたまま依然として行方不明になっており‥‥‥』


「全く朝から縁起が悪いニュースだな。こんなの聞いてたら気分が沈むから別の放送局に切り替えてくれ」


「わかった。別の放送局にするよ」



 望に言われラジオの放送局を切り替える。

 だけど切り替えたどの放送局もこのニュースをトップニュースとして扱っていた。



「またこのニュースだよ。マスコミは他の話題を取り上げないのかよ」


「最近は特に大きな出来事もないから、マスコミもこの事件をずっと取り扱ってるんじゃない?」


「それにしても多すぎだろこのニュース。もっと他に伝えるべきことがあるだろう」



 望の言っていることも一理ある。でも、これだけこのニュースが報道されている理由はその行方不明者の多さだろう。

 話では日本至上最悪の集団失踪事件とも言われる今回の事件。謎が多いだけにマスコミも連日トップニュースとしてこの話題を取り上げていた。



「同じニュースばかりでつまらないから、ラジオを消そうぜ」


「わかった」



 ベンチに置いてあったラジオの電源を消す。

 先程までにぎやかだった公園が、ラジオを消したことで途端に静まり返った。



「そういえば海、お前目の方は大丈夫なのか?」


「うん。痛みもないし特に問題はないよ」


「その右目の眼帯。親父から取らないように言われてるんだろ?」


「うん。絶対ってわけではないけど、極力取らないようにって言われてる」



 あの時スーツの男に埋め込まれた魔道具のせいで僕の右目は使えなくなった。

 正確にいえば使えることは使えるけど、周りの大人達から絶対に眼帯を取らないように言われている。



「僕的には目が見えないわけじゃないから、外しても特に問題はないんだけどね」


「それはやめておけ。親父が絶対に外すなって言ってるんだろ? それならなおさらだ」



 望は僕の右目の秘密を知っている。知っているからこそ、それを使わないように諭してくれている。



「その右目を使うのは本当に大切なものを守る時にしておけ。俺は海に死んでほしくない」


「わかった。ありがとう、望」


「べっ、別にお前の為を思って言ってるんじゃないからな。お前がいなくなると莉音ちゃんが悲しむから、俺が忠告してやってるんだ」


「うん」



 望はたまにこういう時がある。それが照れ隠しだってことを僕は知っている。

 彼が僕を思っているのは言わなくても伝わるし、本当に望には感謝している。



「お前、俺の言ったことを信じてないだろ!!」


「そんなことないよ」


「そんなことあるだろ!! 現にお前はいつもいつも‥‥‥」


「あっ、お兄様!!」


「莉音!? どうしてここがわかったの!?」


「望君から連絡をもらったんですよ。私に何も言わないで、勝手にどこかに行かないで下さい」


「ごめん、莉音」


「次からはちゃんと行き先を伝えてから出かけてくださいね。みんな心配しますから」


「はい」



 正論過ぎて莉音に反論ができない。次からはちゃんと行き先を伝えてから出て行こう。

 今のプリプリと怒る莉音を見てそう思う。

 こうして10年経った今でも、僕は同じ家族である莉音にだけは頭が上がらない。



「急がないと学校に遅刻しますよ。早く家に戻ってきてください」


「わかった。今行くよ」


「わかったじゃなくて、まだ俺の話は終わってないぞ!! 俺を置いていくな!!」



 莉音の方に向かっていく僕の事を望が追ってくる。

 こうして僕は一旦家に帰って身支度を整えた後、莉音と望と一緒に学校へと行くのだった。


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