第2話 全てが壊された日
望の家から歩くこと5分。僕の家に着く。
望のお家とは違い、僕の家は2階建ての普通の一軒家。父と母と妹の3人暮らしである。
「それにしても、あんな広い家に住んでいて部屋が余らないのかな?」
なんとなく思った素朴な疑問。望の家も父と母以外に兄と姉がいると聞いたことがあるけど、全員個室の部屋が割り当てられていても部屋が余ってしまうだろう。
「望が部屋の掃除が面倒だって言っていたのがわかる気がする」
以前家にお手伝いさんを雇っていると言っていたけど、あんな大きな家に住んでたら必要だよな。
望の口ぶりからだと1人2人だけでなく、かなりの人数がいそうだった。
「まぁ、僕には関係ない話か」
それよりも今は早く家に帰って、父さんと母さんに報告しよう。
家の鍵穴に鍵を差し込み、ドアを開けようとした。
『ガチャッ、ガチャガチャガチャ』
「あれ? 鍵が開かない」
今鍵を開けたはずなのに、ドアノブをいくら回しても開かない。
押しても引いてもびくともしないので、どうやら鍵がかかってしまったみたいだ。
「鍵が開いていたのかな?」
再び鍵を鍵穴に入れて回すと『カチャ』っていう音がなる。
そしてドアノブを回すと簡単にドアが開いたのだ。
「やっぱりそうだ! 全く鍵を開けっぱなしにするなんて不用心だな」
きっと父さんが帰って来た時に閉め忘れたのだろう。
そう思い込み家に入った。
「ただいま~~」
家に入ったのはいいが、中は静まり返っており物音一つない。
生活感のない薄暗い部屋はまるで自分の家ではない別の空間のように感じた。
「おかしい。いつもは母さんが返事をしてくれるはずなのに。一言もないなんて」
妹である莉音の幼稚園のお迎えもこの時間なら終わっていて家にいるはずだ。
途中で買い物に寄っていたとしても、僕より遅く帰ってきたことなんて1度もない。
「父さん!! 母さん!! 今帰ったよ!!」
大きな声で叫ぶが返事がない。父さんや母さん、莉音の声が全く聞こえてこない。
「何が起こってるの?」
ここで焦っては駄目だ。落ち着いて冷静に行動する。以前父さんから習ったことだ。
「まずは家の中に入ろう。中に入れば、きっと何が起こってるかわかるはずだ」
靴を脱ぎ、音を立てないように慎重に家の中へと入った。
父さん達以外の誰がいてもいいように、出来るだけ足跡は立てず部屋の中を歩いていく。
「父さん、母さん、どこにいるの?」
小声でつぶやくが返事がない。僕は父さんと母さんを探すために、家の奥へ奥へと進んでいく。
「うわっ!? 何だ!? この匂い!?」
鼻の奥をつくような強烈な異臭。部屋の奥へ行けば行くほど、その異臭は強くなっていく。
「この匂いは‥‥‥リビングからしてる」
鼻を抑えながら異臭のする先、リビングへと向かう。
リビングの扉は開いたままになっており、僕はそこからリビングの中を覗いた。
「誰か‥‥‥誰かいないの‥‥‥」
呼びかけるが誰の声も聞こえない。
リビングを見回すと、ソファに座っている人間の姿を見つけた。
「とっ、父さん!!」
リビングのソファに座っている人間、それは僕の父さんだった。
ただ横たわっているだけじゃない。目は開いたままで左胸に空いた穴からは血が流れており、左胸から向こう側の壁まで見えた。
「ひぃ!?」
あまりの恐怖に思わず尻餅をつき、後ろに後ずさってしまう。
その場で腰が抜けてしまい、中々立つことが出来ない。
「う‥‥‥み‥‥‥」
「かっ、母さん!!」
リビングの床に倒れている母さん。
だけどただ倒れているだけじゃない。母さんを中心とした周りは血の海となっていた。
「どうしたの!? 一体何があったの!?」
「ここは‥‥‥危険‥‥‥だから‥‥‥」
「母さん!!」
服が血で汚れることを気にせずに血の海に飛び込み母さんの手を取る。
「にげ‥‥‥て」
「駄目だよ!! 母さんも一緒に逃げるんだ!!」
「りおんを‥‥‥」
「莉音?」
「りお‥‥‥つれて‥‥‥にげて‥‥‥」
「母さん!! 母さん!! 起きてよ!! 母さん!!」
床に倒れた母さんはそれだけを言い残して、動かなくなってしまう。
目から光がなくなり、先程まで強く握っていた力がなくなっていた。
「母さん‥‥‥起きてよ‥‥‥母さん」
いくら呼び掛けても母さんは返事をしない。
徐々に冷たくなっていく手を僕は握るばかりだ。
「何だよ‥‥‥これ。一体何が起こってるんだよ!!」
父さんだけじゃなく、母さんまで殺された。
一体僕達に何の恨みがあって、こんなことをするんだ。
「莉音‥‥‥そうだ莉緒!! 莉緒はどこにいる!!」
母さんが最後に残した言葉。莉音と一緒に家から逃げろ。
だけどその莉音はどこにもいない。今日帰ってきてから、まだ1度も姿を見ていなかった。
「莉音!! どこにいるんだ!! 莉音!!」
リビングを見回すが、どこにもいない。
腰が抜けている体を奮い立たせて、何とか立ち上がりキッチンへと向かう。
「おにいさま!!」
「莉緒!!」
キッチンの奥。そこには莉音が何者かに追い詰められている。
腰を抜かしたせいか、莉音はその場で立ち上がれずブルブルと体を震わしいていた。
「おやおや、私が遊んでいる間に可愛いお客さんが来たようですね」
莉音を追い詰めていた男は、僕の方を見ると口角を吊り上げる。
まるで僕がここに来たことを楽しんでいるようにも見えた。
「おっ、お前は一体誰なんだ!?」
「誰? う~んそうですね。自分の存在等、考えた事がありません」
「えっ!?」
「しいていえば、神。そうですね、この世界の神様とでも言いましょうか」
目の前にいるスーツ姿の細身の男はあろうことか、自分の事を神と言った。
その男の顔を見ようとするが、頭に被っている帽子が大きいせいでその顔を見ることが出来ない。
「そういえば如月家には娘の他に息子もいるという情報がありましたね」
「そんなことはどうでもいい!! 早く莉緒から離れろ!!」
無我夢中で出した魔法、ファイアーボール。
僕の魔法で出現した複数のファイアーボールが僕の周りを浮遊する。
「素晴らしい!! その若さで何も媒体を介さずに魔法を使えるのですか!! しかも無詠唱で!!」
「莉音を離せ!!」
僕の周りに浮遊していたファイアーボールをスーツ姿の男に飛ばす。
男はその場で身動きを取らず、ただその攻撃を見つめている。
「ふむ、魔法の制御に威力。申し分はないですね。将来有望の素晴らしい魔法使いになれること間違いなしです!!」
「独り言を言ってないで、早く莉音を離せ!!」
「だけど残念です。相手が私じゃなければ、もっと善戦できましたね」
僕が詠唱したファイアーボールは全てスーツ姿の男の前で止まる。
そして指をパチンと鳴らすと、全ての魔法が消えた。
「うっ、嘘だ!? 魔法が消えるなんて!?」
「おしい。本当に消えるには惜しい才能。それだけの才能があれば、世界でも指折りの魔法使いになれたのに」
「馬鹿にするな!! それならアイスボールで父さん達の仇を取る」
「その歳で別系統の魔法まで!! なんて優秀な魔法士なんだ!!」
「うるさい!! いい加減これでもくらえ!!」
無数のアイスボールを放つが、ファイアーボールと同様にスーツの男の前で消えてしまう。
そしてその直後、黒い塊がスーツの男の背中からあふれ出した。
「これは‥‥‥」
「私は子供をいじめる趣味はないんですが、こうなったのも何かの思し召しでしょう」
「えっ!?」
「格の違いを思い知りなさい。私の魔法で」
スーツ姿の男の背中から出ていた黒い霧の塊は一目散に僕に向かって飛んでいく。
必死に避けようとするが、体が硬直して動かない。やがて僕の体は黒い霧に包まれる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「おにいさま!!」
何かが体の中に入っていく感覚がする。体の関節という関節が、中に入った物のせいで、引きちぎられそうに痛い。
節々が痛いなんてものじゃない。体中のパーツというパーツが全て引きちぎられるような感覚だ。
「ぐっ!! あっ!! がっ!!」
「ほぅ。この攻撃を受けても意識を保てるのですか。魔法の適性だけではなくて、耐性まで非常に高いのですね」
いつの間にか僕の前にスーツ姿の男が立っていた。
その男は口角をあげ、僕の事を舐め回すように見ている。
「そうです!! そこの女の子で実験しようと思っていましたけど、せっかくこんな才能に出会ったんです! 君で実験しましょう!」
「一体‥‥‥何を‥‥」
スーツ姿の男がポケットから出したのは丸い金色の球体。
球体の真ん中には目のような紋章が刻まれていた。
「これは魔道具というものです」
「魔道具?」
「そう。これを体内に入れた者は人ならざる特別な力を手に入れることが出来ます。特別にこれを君にあげましょう」
そう言うと目の前にいるスーツ姿の男が僕の目にその魔道具を持っていく。
少しづつ、少しづつその手は僕の右目に近づいてくる。
「大丈夫だよ。怖くはないから」
「あぁ‥‥‥」
「ちょっと頭と体の全神経が焼き切れるんじゃないかって程度の痛みが君の全身に襲うだけだから。怖くはないよ」
「やっ、やめ‥‥‥」
「この力は
「いや‥‥‥助け‥‥‥」
「もし失敗しても大丈夫。君は人ならざる者になるだけだから。失敗しても死なないなんて、なんてボーナスゲームなんだろう!」
「くるってる。人間のやることじゃない」
「当たり前ですよ。私は人間ではなく、神様ですから」
男は血走った目で僕の方を見て、その口は狂気に歪んでいる。
由悦。今の男の表情を一言で表せば、そのような言葉を連想させた。
「さぁ、受け取ってほしい。全てを破壊する大いなる力を」
その球体が右目に埋め込まれた瞬間、全身に今まで味わったことのないような痛みが襲う。
それこそ全身の神経が焼き切れるような、僕の体が細胞レベルで作り替わるような痛みが全身を襲った。
「はっはっは! 素晴らしい!! 素晴らしいぞ!!! この研究は!!!!」
僕が苦しんでいるのを見て笑い続けるタキシードの男。
その顔はマッドサイエンティスト。狂気に歪んでいる。
「体には特に変化はない。さすがだ!! やはり君を被験体に選んで正解だった!!」
正解? 一体何が?
「体のどこにも変化はない。どうやら実験は成功したみたいですね」
成功? この男は何を言っている?
「後はこの被験体の成長を見守りるだけですね。さて、目的も果たしたし帰るとしましょうか」
それだけ言い残し、タキシードの男は出て行こうとする。
僕は何か声を発しようとするけど、残念ながら声が出ない。
「あっと、忘れてた。君への注意喚起として最後にこれだけは言っておきましょう」
声をあげたいけど声が出ない。どうやらさっきの謎の道具を埋め込まれたせいで、体はおろか声すら出ないみたいだ。
「君が持つ力は破壊の力だ。君はこれから様々な物を壊していくだろう」
意識が薄れる中、その声が頭に響く。だが、その内容は頭に入ってこない。
「君が新たに得た力は物はもちろん、人間も壊せる力だ。君は様々な人をこれから壊していくだろう。そう、永遠にだ」
壊していく? 何を? 僕は一体何を壊すんだ。
答えを言わないままスーツ姿の男はリビングを出て行った
「おにいさま!! おにいさま!!」
男がいなくなった後、莉音が僕の側に来た。
両手は返り血で赤く染まり、目からは大粒の涙を流している。
「しっかりしてください!! 私を‥‥‥私をおいていかないで」
やだな。おいてくわけないじゃないか。
莉音を残したまま死ねない。そんなことをしたら死んだ父さんと母さんに顔向けできない。
「おい!! 何があった!!」
「おにいさま!! 助けが来ました!! もう少しの辛抱です!!」
よかった。どうやら助けが来たみたいだ。
父さんと母さんは助けられなかったけど、莉音は助けられた。
「おにいさま? ‥‥‥おにいさま!! 目を開けてください!! おにいさま!!」
ドタドタと走る足音と共に、僕の意識も薄れていく。
莉音の声もどんどん遠くなり、やがて意識を手放してしまうのだった。
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