第8話 詐欺師とエルフと借金と

「そうなんだ。おじいさんが、あの」

「うん、僕の祖父がスパーダなんだよ。フリーゼ……さんに王都で偶然会ってさ、どうしてもギルドマスターになってくれって言われて」


 ミセリアの話によればフリーゼはミセリアに、ことある毎にスパーダがどれだけ凄いギルドマスターだったかを話して聞かせていたらしい。

 それはも耳にたこができるほどだったと彼女は苦笑いをする。


「ちょうど僕も仕事を探してたから、職員にならって言ったんだけどね。どうしてもギルドマスターじゃないと駄目だってフリーゼさんがね」

「あはは。その時の様子が目に浮かんじゃう」


 そんな話をしながら僕らは町の中に入る。

 ナールの町は、外観は昔と殆ど変わっていなかったが、中も僕の記憶にある町並みとたいした違いを感じない。

 もちろん百年も経てば建て替えられた建物も多く、細部は違っているが全体的な雰囲気は昔と変わらない。

 時代に取り残された町という言葉がしっくりくる町の中を僕たち一行はギルドハウスへ向かう。


「借金取り?」

「そう。借金取りのナニワってやつがフリーゼに連絡しろって私の家まで押しかけてきてね」

「私は半年ほど金を借りただけだというのに、あいつはギルドハウスを借金の形に寄越せと前からうるさいんだ」


 借りただけって……。

 僕はギルドハウスに付くまでに詳しい話を聞いた。


 フリーゼ一人では要領を得ないので、わかりにくかった部分はミセリアに補足してもらいながら判明した内容はこうだ。


 フリーゼのギルド『ナール』はギルドランキングがダントツで最下位なのでわかるように、ほとんど実績になるような依頼をこなすことが出来なかった。

 いや、まともな依頼自体を出す者がいなかったというのが正しいか。


 まともな依頼を出す人々は、いちいち実績のない最下位ギルドに依頼を出すよりも、きちんと依頼を達成してくれるギルドに仕事を持っていく。

 逆に言えば『ナール』にまで頼らなければならないような依頼は報酬も少なく実績にもならない、ただただ面倒で危険な仕事ばかり。


 だが、フリーゼはその面倒でお金にもならない仕事を嬉々として受け入れてこなしていた。

 それは多分、僕がギルドマスターをしていた頃の『レムリス』が、正義に反しない限り仕事はえり好みしないで受けるという方針だったからだろう。


 かくして美味しい仕事は他のギルドに、美味しくない仕事ばかりがフリーゼにという悪循環が生まれてしまった。

 それでも普通のギルド運営者ならなんとかやりくり出来たはずだが、脳筋エルフのフリーゼはお金儲けということが一切出来ない。

 面倒な依頼というのは入ってくる報酬より、その依頼を達成するための費用の方が掛かる事が多く、その赤字分は全てフリーゼが過去に稼いだ貯金から賄っていたという有様で。


「それで貯金が尽きてナニワって商人からお金を借りたと」

「そういうことだ」


 フリーゼが借りたのは金貨一枚。

 王都に住む住民の平均的な給料が金貨5枚なのでそれほど大金ではない。


「すぐにお金が必要なことがあってな。ちょうどそこにナニワがやって来て三日以内に返せば利息もないって言うから借りたんだが」

「どうしてお金もってなかったんだ?」

「私がお金を持ち歩くとすぐに落とすから銀行に預けて必要な時にだけ出せって言ったのはスパーダじゃないか」

「じゃあ銀行で降ろせば良かっただろ」

「この町には銀行はない」

「え?」

「銀行は30年前になくなった。使う人が少なすぎて割に合わないとか言って引き上げていったんだ」


 この町は100年以上前から進化してないどころか退化していたようだ。


「それで、どうして三日以内にお金を返さなかったんだ?」

「それがな、返すお金を引き出しに行こうと準備してたら――」


 フリーゼがナールから一番近い銀行のある町へ向かう準備をしていた所に珍しく依頼が飛び込んできたという。

 ギルドハウスに転がり込んできたのは傷だらけの男。

 彼は出発の用意をしていたフリーゼの足下に跪くように倒れ込み、涙ながらに彼女に訴えた。


「村がモンスターに襲われている。助けてくれ」


 要約すればそんな話だったらしい。

 フリーゼは男から村の場所を聞くとミセリアを呼んで男の治療を任せると、男の言った村へ向かった。

 しかし男が言っていた場所には村なんてなくて、フリーゼはその周辺を数日掛けて村を探し回ったそうだ。

 だがやはり何処にも見つからない。

 仕方なく彼女はもう一度、今度は男を連れて村の場所を案内してもらおうとナールへ戻ってきたのだが。


「怪我も治ってないのにそいつ居なくなってたんだよ」

「フリーゼさんに頼まれて治療したんですけど、血は体中に付いていたけど全部浅い傷だったんだよね」


 結局フリーゼは約束の三日以内にお金を返せなかった。

 とは言ってもまだ五日目、これから銀行にお金を下ろしに行くとして明後日には返せるから大丈夫。

 フリーゼは脳天気にそんなことを考えていたらしい。


「でもな。ナニワのやつがむちゃくちゃ言いやがったんだよ」

「フリーゼがお金を借りる時にサインした借用書の内容が酷くて……」


 スグにお金は返せるから問題ないと、フリーゼは借用書の内容を細かく読まずにサインしたらしい。

 しかしその借用書にはとんでもないことが書かれていた。


『三日以内に返済の場合は利息無し。四日目以降は金利として一日銅貨1枚ずつ追加』


 そこまでは確認していたとフリーゼは言う。

 だが問題は長々とその後に書かれていた借用書の契約内容だった。

 そのうち殆どはよくある金貸しの借用書の内容で問題は無かったのだが、その最後の方に書かれていた一文が問題だった。


『期日以内に返済が行われなかった場合は資産差し押さえの上、当方により債務額相当にて売却することを了承するものとする』


 当時『ナール』のギルドマスターとして彼女はその書類にサインした。

 つまり結果的に『ナール』の資産は全てナニワのものになったと言うことである。

 幸いなのはフリーゼ個人の契約ではなかったおかげで彼女個人の持ち物や銀行に残っている貯金は守られたが、それ以外の全ては金貨一枚で奪われてしまったことになる。


「はぁ……。お前、そんな『詐欺』にあっさり騙されたの?」


 そこまで話を聞いて僕は大きくため息をついたのだった。

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