第4話 復活のギルド『レムリス』

「えっ、何だって?」

「だから、このギルドのギルマスになってくれって言ったんだ」


 僕は思わず聞き返してしまった。


「そんなことで良いの?」

「良いも悪いも、私にとってギルドマスターはお前しかいないって百年前に気が付いたんだ。だからお前が生まれ変わってやって来たら絶対にギルドマスターになってもらおうと思って待ってた」


 百年。

 そんなに長い間、彼女は僕にもう一度ギルドマスターになって欲しいという願いを抱えて生きてきたという。

 その願いを僕は断れるはずも無く。


「わかった。僕がギルドマスターになるよ」


 僕はそう答えると続けて今度は僕の要望を告げる。


「その代わりギルドの名前を変えたいんだけどいいかな?」

「別にかまわないが、どんな名前にするんだ?」

「そんなのは決まっている」


 僕は荷物から鉛筆と紙を取り出し紙をテーブルの上に置くと、鉛筆で大きく盾を描く。

 そしてその盾に被さるように剣と杖をバツの字に書き加えると、さらにその左右に二頭の獣の絵を書き足す。


「スパ……スパーダ! これは」

「フリーゼも流石にこのエンブレムは覚えていたらしいね」

「忘れるものか! これは……このエンブレムは私たちの『レムリス』のものなんだからな!」


『レムリス』はかつて僕とフリーゼが所属した伝説の冒険者ギルドの名だ。

 僕がギルドマスターになるならこの名前以外あり得ない。


「今日からこのギルドは『レムリス』だ。異存は無いよな?」

「無い。無いに決まっている」


 満面に笑みを浮かべ、僅かに瞳を潤ませてフリーゼは大きく頷く。

 そして彼女は言った。


「それじゃあスパーダ。これからすぐに『ナール』――いや、『レムリス』の本部へ行こう! ギルドメンバーに新しいマスターと名称変更を伝えなきゃならないからな」

「え? 本部ってここが本部じゃないの?」

「こんな狭い所がギルドハウスなわけないだろ。王都にはそのギルドの支部を置くことって法律が少し前まであったから仕方なくお金も無いのにこの場所を借りていただけだ」


 そういえばこの建物の入り口に掲げられていた消え賭けの看板には『ナール王都支部』と書かれていたことを思い出した。


「ということはもしかして普段はここには誰も居ないってこと?」


 僕は恐る恐る彼女に問いかけた。


「そうだ。だからスパーダは運がよかった。私がこの支部に来たのは半年ぶりだからな」


 僕はその話を聞いてゾッとした。

 もし彼女が偶然王都にやってきて居なければ、今頃僕は前世の記憶を取り戻すことも無く、どこか別の働き口を探して普通の少年として暮らすことになっていたわけで。


「さて、それじゃあ早速ギルド省へ行ってギルド名とギルドマスターの変更を申請しに行ってくる」


 僕が偶然に感謝していると、フリーゼはそう言ってギルドを出て行こうとする。

 その背中に僕は慌てて声を掛けた。


「フリーゼ。ギルドの申請に僕は一緒に行かなくて良いの?」


 普通そういう場合は新しくギルドマスターになる者と一緒に申請に行くだろう。

 そう思っていたのだが、フリーゼから帰ってきた返答は違った。


「ああ、問題ない。スパーダが生きていた頃とは仕組みが変わって簡略化されたんだよ」

「簡略化?」

「スパーダは冒険者登録は済ませているんだろう?」

「もちろん。そうしないと冒険者ギルドに就職出来ないからね。それに清神前の僕が造れる身分証明書はギルドカードしかないし」


 冒険者ギルドの職員はギルドで問題が起こった時に、場合によっては冒険者の代わりに依頼をこなす必要がある。

 なのでギルド職員になるためには最低限冒険者登録は必要となっていた。


「だったら問題ない。ギルド省がその登録されたデータから自動的に処理してくれるんだ」

「便利になったものだね。昔は申請して十日くらい登録に時間が掛かってたのに」

「それもこれもスパーダが作った通信魔導具のおかげなんだぞ。あれが改良されてギルドカードの情報がすぐにギルド省に届くんだからな」

「通信魔導具か。懐かしいな」


 前世、僕は仲間たちと共に様々な魔導具も作った。

 その中でもフリーゼが口にした通信魔導具は画期的な発明で、当時は通信魔法が使える魔法使いが居ない場合は手紙や伝書バードを使って連絡を取り合うしか無かったのだが、その通信魔導具さえあれば魔法使いがいなくても長距離間で連絡が取れるようになるものだった。


 最初は『レムリス』でのみ使っていて、ギルドランキングを駆け上がることが出来た理由の一つになっていた。

 なんせ本来なら魔法使い同士の間でしか使えない長距離通信が『レムリス』では魔法使いがいなくても気軽に使えるのだから。


 情報を制する者は全てを制するとはよく言ったもので、困難な依頼でも『レムリス』だけは完璧な情報共有のおかげで難なくこなせたのである。


 その後色々あってその技術は国が買い取ることになった。

 おかげでギルドランキングはさらに上がった上に報奨金でギルドメンバー全員の装備を新たに調えることが出来たが、僕らの優位性は失われてしまった。

 あの時は自分たちが出来れば技術を独占できなくなることを悔しく思ったけど、結果的にその技術が進歩してより便利になったのなら良かったのだろう。


「それじゃあ私は行ってくるから、スパーダは奥の部屋で荷造りでもしておいてくれ」

「え? 荷造り?」

「ああ、そうだ荷造りだ。明日にはここを引き払って本部へ向かうからな」


 話の流れが突然予想外の方へ進んで、僕は混乱する。


「引き払うって、この支部を?」

「そうだが? 私はそのために久々に王都へ来たって言わなかったか?」

「言ってないよ。というかギルドは王都に支部を置いておかないと行けないんじゃ……」

「今はもうその必要がなくなったんで引き払いに来た」


 そういえばフリーゼは「都にはそのギルドの支部を置くことって法律が少し前まであった」と言っていた。

 少し前までだから今は無くなったということなのだろう


 そしてこの部屋の中にテーブルと椅子しか無かったのは、他の荷物は既に荷造りを終えて片付けられていたからなのだと気が付いた。


「ちょうど家賃も払えなくなってきてどうしようかと思っていたからな。最悪王都公園のベンチに看板をくくりつけて支部と言い張るつもりだったが」

「公園の……ベンチ……」


 最下位ギルドの財政は僕が思っていた以上に酷い。

 僕は僅かに目眩を覚え頭を押さえた。

 そんな状況からこのギルドを立て直すなんて本当に出来るのだろうか。


 一抹の不安を胸に、僕は部屋を出て行くフリーゼを黙って見送ったのだった。


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