第2話 ランキング最下位ギルドのおもてなし
「ここ……だよな?」
貧民街の入り口付近にあるボロボロの二階建ての建物を見上げる。
道路沿いに二つの扉があり、脇には二階への階段がある。
どうやら四部屋程度の集合住宅のようで、僕が立っているのはそのうちの一軒。
一階の右側にある部屋の前だった。
外から見ても中は随分狭そうで、とてもではないがこの一部屋がギルドだなんて信じられない。
だがその扉には確かに『ナール王都支部』と書かれた看板が掛かっていた。
そしてその看板の文字も今にも消えそうで、長い間修繕すらされていない。
「99位のギルドでもこんなに酷くなかったよな」
いくつか前に「ここなら流石に受かるだろう」と尋ねたギルドランキング99位のギルド『野ねずみ』は、99位というほぼ最下位でありながらも一応は一戸建てのギルドハウスを持っていた。
だから最下位のギルドといっても、ここまで酷いとは想像も出来なかったのだが。
僕は流石にこの建物と看板を見て引き返そうかと考える。
変な意地を張らず、暫くどこかで働いて成人してからまた挑戦すれば良い。
そうだ、そうしよう。
「でも……」
それでも僕の心の中からはギルドの職員になりたいという思いが溢れてくる。
いつからだろう。
僕がこの思いを抱いたのは。
冒険者だった僕の両親が、ギルドの調査不足のせいで亡くなったあの日からだろうか。
それとも昔冒険者ギルドのマスターだったらしい祖父の影響だろうか。
だけどそんな思いも、さすがに99回連続不採用という現実の前では風前の灯火で。
僅かな残り火も、目の前の建物を見て消えてしまった。
「今回は縁が無かったということで」
僕は就活の間に何度も聞いたその言葉を呟いて扉にくるりと背を向け振り返った。
「やぁ、客人とは珍しい!」
がしっ。
振り返った瞬間、僕はその両肩を強い力で握られた。
声は女性のもので、僕の目の前には彼女の豊満な胸が揺れている。
しかし僕の両肩を掴むその腕はかなりの筋肉質で、僕は恐る恐る目線を胸から上に移動させる。
「待たせたかな?」
「い、いえ……」
僕より頭一つ以上高い所に彼女の顔は有った。
浅黒い肌に長い耳。
誰もが見惚れるような美貌のその女性は多分エルフの血を引いているに違いない。
だけど僕の知るエルフは魔法に長けた種族で、線の細い華奢な者が多いはず。
「それはよかった。つい今し方まで出かけていたから、もしかしたら随分またせたのかと思ってな」
僕は目線を今度は下に移動させる。
豊満な胸を通り過ぎた先には綺麗に割れた腹筋が僕を待ち構えていた。
そしてその下の短パンから伸びる太ももは『蹴られたら確実に死ぬ』と思えるほどのもので。
こんな見るからに肉弾戦向きの肉体を持ったエルフなど存在しない。
むしろオーガか何かだと言われた方が納得できる体をしていた。
「外で立ち話もなんだから、さぁさぁ中に入ってくれ」
「え……いや、僕は別にここに用事は無くて」
ぐるりと先ほどとは逆に無理矢理扉の方に向かされた僕は、そのまま後ろから押されて両開きの扉から中に入らざるをえなかった。
「お茶でも入れてくるから好きな所に座ってまっててくれ」
「あ、え、お構いなく。すぐに帰りますんで」
僕はすぐにでも帰りたかったが、その言葉は彼女には届かなかったようで、あっというまにカウンターを飛び越えて奥へ入って行ってしまった。
逃げるなら今しかない。
そう考えたが、あのマッスルエルフが追いかけてくる幻想が頭に浮かんで足が動かない。
仕方なく言われるままに腰を下ろそうと椅子を探して視線を彷徨わせる。
室内はとてもではないがギルドとは思えない普通の部屋で、かろうじてギルドの体裁を保っているカウンター以外は丸テーブルと椅子が二つあるだけだった。
それでも室内は綺麗に片付けられていて、腰を下ろした椅子も壊れそうな様子はない。
「おまたせ。薄い茶しかないが勘弁してくれ。なんせ見ての通りうちのギルドは貧乏なんでな」
それほど時を置かず戻ってきたマッチョエルフは、そういいながら丸テーブルの上にティーカップを二つ置く。
皿もなく直置きなのはいいとして、確かに中に入っているお茶はお茶というよりお湯に近いように見え。
「それと、客人が来たらいつもやってもらうことがあるんだが」
ティーカップに手を伸ばした僕の前に何やら一本の短い棒が置かれた。
「これは? それに、やってもらうことって?」
「ああ。特に何か危険なことをしてもらうわけじゃない。ただその棒を握ってくれれば良い」
「これを握る?」
「そうだ。これはこのギルドの伝統でな」
おかしな伝統もあったものだ。
僕は訝しみながらその棒を注視する。
どこからどう見ても真っ直ぐな一本の木の棒で、危険性があるようには思えない。
本当なら断るべきなのだろうが、対面に座った彼女の顔は何故か期待に満ちた表情で溢れていて、断るのは悪いように思えてくる。
それにどうせ断っても彼女の力で無理矢理握らされたら逆らえるとは思えない。
僕はここにやって来たことを後悔して一つため息をつく。
そして覚悟を決めると彼女に確認をした。
「軽く握るだけで良いんですよね?」
「ああ。軽くでかまわない」
僕は恐る恐るとテーブルの上の棒へティーカップを持つために伸ばしていた手を移動させる。
そして五本の指で掴むというより摘まむようにその棒を掴んだ。
その瞬間――
「あああああああああああああああっ」
摘まんだ棒が突然変化を始め、視界をまばゆい光が埋め尽くす。
危険を感じてすぐに手を放そうとするが、なぜか体は言うことを聞かない。
それどころか両手が勝手に動き出し、その棒を手放すどころかしっかりと握りしめようとする。
「ぐあああっ」
両手が棒を握りしめたと同時。
僕の頭の中にとてつもない量の『情報』が流れ込んできた。
そうして僕は知ることになる。
僕という人間の真実を。
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