村木派の正体は。

 市民権法は、淡々と準備がすすめられていた。


 何しろ、注目を集めるような派手な話ではないし、どちらかというと実務的な法案なので、国民に向けてアピールする必要もなく、というか注目してもらえず、粛々と手続きが進められた。


 まずは党内での手続きは、等々力〈ジャン〉幹事長が中心となって進めた。まずは法務部会での議論と承認。外交にかかわることもあったので、外交部会との合同会議となった。


「移民の対象に宇宙人、正確には地球外知的生命体も含めるよう記載がありますが、これは法案としては突拍子もなく、すくなくとも現代にはそぐわない表現ではないでしょうか」


 当然の意見である。宇宙人ともうすぐ接触があるかもしれないなんて、今どきの小学生だって話半分でしか聞かない。それを国の法律に書き込めという方がどうかしている。


「もちろん今すぐに宇宙人と接触するなどということではございません。遠い将来、宇宙人、もしくは地球外の惑星へ移民した人間が日本国へ難民として受け入れを希望した場合に備えた文言です。宇宙へと進出した日本国に対する難民申請の場合もあり得ます。何百年後になるかわかりませんが、この時代の政治家がここまで将来のことを予測していたのだということを法律として残したいのです。地球外知的生命体と法律へ載せることについては、特段不都合なことは起こりえないと考えております」


 このあたりのことについては、議論を引っ張るところでもなかった。この部分がアウグスト星人にとっては一番の要点で、この法案の魂そのものと言ってもよかったのだが。多くの議員にとっての問題は次の点であった。


 難民申請する場合は入国を全員に認める、との一点である。


「日本みたいな狭い国に難民を全員認めるなんて、どうかしてます」


 この疑問点については他の出席者からも同様に異議がだされた。


「異文化異言語の住民が増えると、社会の不安定要因になります。治安も悪化するかもしれません」


『入国前審査』ではじかれてしまっては、われわれアウグスト星人が入国できなくなってしまうではないか。その事態だけは避けたい。まずは全員の入国を認めるべきだ。


 等々力〈ジャン〉幹事長が笑顔でそれらの疑問を否定しながら説明した。


「入国時の審査でいたずらに時間をかけるのは人権問題であります。その人物が日本国に定住していただくに足る人物かどうかは、そのあとで審査すればよろしかろう」


 出席者はまだ納得していないようで、言葉をつないで説明した。


「単純作業の就労および経験目的の定住は認めない。特殊技能を持っている、または稀な国籍の外国人、高学歴であったり一定以上の財産を保有している外国人の定住は認める。これらの要件を満たさない亡命希望者については、一時入国は認めるものの、定住は許可しない。言論の自由が認められている発展途上国に亡命者のための街を建設し、そちらに定住してもらう。建設の費用や移動のための費用は日本政府が支払う」


 移民が増えるのではないかとの懸念があったが、日本への定住は能力的に高いものに限られるため、大きな声にはならなかった。その後は政策調査会での承認。やはり宇宙人の表現に対し疑問の声もあったが、部会での議論の結果もあり、承認された。


 最近突っかかってくることが多い村木派が妙に協力的で気持ちが悪いくらいであった。これを機会に心を改めることにしたのだろうか。内偵中のメイ・フィブリルに確認したいところだ。


 法案は閣議決定され、次に国会審議である。委員会質疑では地球外知的生命体を記載することの話題は出たが、答弁は問題なく終了した。毎回のことだが、この議題が一番緊張する。法案の骨子といってもよい。友正党内の議論とは逆に、野党からは難民受け入れを制限しすぎるのではないかとの意見が出た。田村〈ゲルルス〉が答弁する。


「そもそも、難民は経済的な難民と政治的な難民の要素に分けられますが、重なっている部分も多いのです。難民を保護する観点から考えますと、別に日本国へすべての難民を定住させる必要はなく、自由な生活が送れる他国であっても問題はないでしょう。そのための環境整備に資金面や運用面で協力することは可能でありますし、発展途上国で受け入れた方が経済的なコストも安く済むと思われます。朝鮮半島で再び戦争が起こった場合、台湾海峡で紛争が発生した場合、すべての難民を日本国内で受け入れることは不可能ですから、そのための準備も必要かと思われます」


 われわれアウグスト星人の支配下には有能な人間が多数いてほしいものだ。単純作業しかできない人間はそれほど必要ではない。


 この法案が通ってしまえば、宇宙の果てのアウグスト星から移民を招き入れることができる。あと一歩だ。この成果をもってアウグスト星に凱旋してもよいが、このままこの地にとどまって支配者として君臨するのも悪くはない。


 内閣支持率も堅調に推移している。市民権法も本会議での採択はまず間違いない。田村〈ゲルルス〉は久しぶりに満たされた気分になっていた。


 今日はゆっくり眠れそうだ、とベッドに横になった時、暗闇の中から気配がした。


「メイ・フィブリルか。この部屋にはもう誰も入ってこないから、姿を現しても大丈夫だ。」


 よく目を凝らすと、薄暗い中に可憐な女性が浮かび上がる。もっと近くで見たい。


「そんなに離れていると話しづらいよ」




 彼女がもたらした情報は、驚くべきものであった。




「わたくしが不審に思ったのは、村木派の人間は食事をしないのです」


 なんだそんなことか。


「村木派は一切の会食、供応など、口に入るものを禁止したからな」


 国民の疑念を抱くような行為は一切しないとのことで、業界団体からの接待もうけないし、政治資金集めのパーティーでも食事はしない。やりすぎな気もするが、それぐらい振り切って行動するのもありだとは思っていた。


「いえ、正確には彼らはこの地球にある食事では栄養を取ることができません」


 ん?何かもったいぶったような遠回しな表現をする。地球の食事で栄養を取れないって、それは地球人ではないぞ。


「それはまさか」


「そのまさかです。これをご覧ください」


 彼女が取り出したのは、パウチのようなものに詰められた粘性の液体。


「宇宙船に持ち帰り、至急分析しますが、地球上の物質ではないでしょう。彼らは地球の食事を消化して栄養とすることができないため、こうして自らの栄養を準備しているのです」


 真夜中ではあるが、緊急を要する内容であるので、仁科〈ターナ〉と等々力〈ジャン〉にも来てもらった。


「メイさんは殿下と真夜中に遭ったりするんですね」


 ジトっとした目つきでターナがつぶやいた。いま、それって大事なことなんだろうか。


「わたくしは試料分析のため母船に戻りますので」


 そう言うとメイ・フィブリルはさっさと部屋を出て行ってしまった。


「とにかく緊急の用事だ。これを見てほしい」


 先ほどの話を田村〈ゲルルス〉が二人にする。


「つまり、本当に宇宙人はいた、と」


 等々力〈ジャン〉が眠気に逆らうように力強く言う。いや、われわれも地球人から見たらそうなんじゃないかな。


「選択肢は二つしかないですね。共存か排除か」


 仁科(ターナ)がびしっと決めた。


 四人とも腕を組んで考えている。


「仕方ないか」


「仕方ないですね」


 そんなわけで、排除することになった。



「問題がいくつかあります。村木派の宇宙人たち以外に、市中に紛れている可能性があること、食料を定期的に供給する母船が地球近辺に存在するであろうことです。我々の宇宙船のようにステルス機能により、発見が難しい場合があります」


 ターナのてきぱき感が輝いている。


「それと、中途半端な排除は地球への攻撃を招く恐れがあります」


「そうすると母船を攻撃するしかないのか。地上で考えていてもどうにもならないな。一度母船に戻りたいところだが」


 窓から見える星空を見ながら宇宙船に思いを馳せていると、メイ・フィブリルが帰ってきた。


「早いな」


「わたくしは国王直属ですので、最新型A-10宇宙航空機の使用を許可されておりますわ。大気圏再突入も快適ですのよ」


 ゲルルスたちはそんな最新機が宇宙船に搭載されていることも知らなかった。動揺してしゃべれないでいると、メイが話をつづけた。


「国家機密の多い機種ですから、仕方ありませんわ。皆さまは年齢的にもお若いですし」


 外見の年齢はメイがとびぬけて若いのだが、本当は何歳なんだろうか。


「そんなことより、先ほどの資料の分析結果がでましたわ。でも、なんのことやらさっぱりですわ」


 あきらめが早いな。仁科〈ターナ〉が資料をさらさらっと読んだところによると…。


 彼らのたんぱく質を構成しているアミノ酸が地球や我々アウグスト星人とは異なるらしい。鏡像異性体(光学異性体)というもので、分子式で書いたときに全く同じであっても分子の構造は異なるものが存在しうる。鏡写しにしたような関係になっていて、回転させても構造は重ならない。右手と左手は手のひらと5本の指からできている点では同じだが、回転させても重ならないのと同じことだ。地球やアウグスト星はL体(左手型)と呼ばれるアミノ酸が主流なのだが、未知の宇宙人の食事はそれと鏡写しになるD体(右手型)アミノ酸でたんぱく質が構成されているとのことだ。未知の宇宙人はL体アミノ酸で構成されたたんぱく質は消化吸収できないし、L体とD体のアミノ酸は体内で違った作用をすることもある。


「この銀河のたんぱく質を構成するアミノ酸はすべてL体なのです。D体アミノ酸も少しはありますし吸収されますが。おそらく彼らはこの銀河の外から来たのでしょう」


 スケールの大きさに圧倒されつつも、ふと思った。ものすごく貴重ではないか? 本当にこのまま排除してしまってよいのか? 


「とても貴重な種族ではあるな」


 控えめに言って皆の様子を探る。


 仁科〈ターナ〉が答えた。


「二度と接触できないかもしれませんね」


 メイの返事はこれであった。


「二度と接触しない方がよいかもしれませんね。この銀河は我々のものです」



 彼らの母船の位置が掴めないため、困り果ててしまった。地球上空軌道上にはどこを探しても見当たらない。


「隠すとすれば、月の裏かもしれませんね。最新型A-10宇宙航空機なら、探索可能です。許可をいただけますか?」


 メイの言う通りかもしれないが、返り討ちに遭うかもしれない。銀河を超えて旅をする科学力を持っているのだ。


「安全とは言えない任務だ。だが、君以上の適任者はいない。任せよう」


 捜索場所さえ見当がつけば、あとは見つけるのは大した手間ではなかったようだ。正確には、発見と同時に攻撃したため、問題は解決した。村木派議員は次々と原因不明の栄養失調で亡くなっていった。遥か彼方の見知らぬ星に来て、孤独ではなかっただろうか。絶望が押し寄せてきたりはなかっただろうか。明日は我が身かもしれぬ。



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