酔っ払い
都内某所。殺風景な収録スタジオに来るのも2度目なので慣れてきた。
「さぁ、ベータTVが始まりますよ。今回のゲストは、告知してあった通り、田村総理大臣です」
やはりパラパラと拍手が起こる。前回と同様、テレビでの放送内容の簡単なまとめから始まる。育児中の女性を孤立させないこと、夫の残業禁止、出産育児は公務に準ずるものであること、飛び級制度の積極的な導入で晩婚化に歯止めをかけたいことなどが説明された。
「飛び級は、頭がよい人しか恩恵にあずかれないでしょう?」
出演者の東海林が疑問に思ったことをそのまま尋ねた。
「そうなんですが、高学歴女性の未婚率が割と高めなんです。結婚相手を選ぶのに苦労するみたいですよ。例えば医師について考えると、男性医師は結婚相手は選ぶ範囲が広いんです。一方女性の医師は収入や学歴で同程度の相手を探そうと思うとかなり大変です。それと、医学部や薬学部が6年間通う必要があることも注意してほしいです。進学先を決めるときの重荷になっています。それに、若い時の方が記憶力もいいですし、専門分野の勉強をするにも有利だと思うんですよね。」
ずっと考え事をしていた舘林が口を開いた。
「飛び級制度は男女問わずですか?」
「そうですね。今の時代に男女を分けて制度を作るのは無意味ですし、受け入れられないでしょう。もっとも、女性の方がこつこつ勉強したり早熟な傾向があるので、女性有利でしょうね」
番組のアシスタントの女性がグラスとボトルを机に用意した。軽く飲みながらリラックスしてトークをしようとのことだ。国産のワインとのことだが、口当たりが軽くて飲みやすい。つまみもおいしい。ぐいぐいいける感じだ。顔が熱く感じるな。よし、なんか気分がいいからじゃんじゃん喋って支持率アップさせたるか。
「俺はね。テレビでかっこいい俳優とかかわいい女優とか、そんな人ばっかり目にしてるとよくないと思うんだよね。実際出会う人ってそこまでの人はなかなかいないじゃん。目ばっかり肥えちゃって基準がきびしいんだよ」
出演者の東海林が笑いながら、舘林が心配そうな顔で田村〈ゲルルス〉を見ている。
「テレビに出演する人を外見で制限したらいいと思うんだよね。あんな人ばっか見てたら基準が上がっちゃうって。男性アイドルなら雰囲気だけイケメンの〓*▽の◎◎※とか、女性アイドルなら全くかわいくない∀Ж■の〇◎▼なら、全然OKなんだけどね。」
酒がうまい。なんか幸せな気分になってきた。
「そもそも、世の中の男は女性の顔と胸しか見てないんじゃないかと思う時があるよ。でもそれじゃだめだよね。段取り良く物事を進めることができる力とか、その場の全体の状況を判断できる力とか、人の話を聞いて理解するとか、そういったものこそ大事だと思うんだよ」
酔っぱらった総理大臣にこれ以上続けさせるとまずいので、総理秘書官の川島が止めに入った。
「総理も疲れがたまっておりますので今日のところはこのあたりで」
「飛び級目指して必死に頑張る中学とか高校の女子が増えると思うんだよね。みんなで頑張って飛び級めざそう!」
帰りの総理専用車両の中には、幸せそうに眠る田村〈ゲルルス〉と、あちこちに電話をする川島秘書官の姿があった。
「はい、動画をアップするのはまだ待っていただいて。編集をどうするかは明日お願いします」
以前の田村はアルコールに強かったはずである。年を取ると急に弱くなるのかなどと考えながら、次は官房長官に連絡した。結局は動画を確認する必要があり、幹事長も交えて明日対応することとなった。
翌日。頭が痛い。二日酔いの田村〈ゲルルス〉も、周りの人間も。
「とりあえず、動画を見ましょう。YOU TUBEに非公開で動画を挙げてあるとのことです」
仁科〈ターナ〉が表情を変えずに作業を進める。
通常の対話がつづき、ワインが登場、飲みすぎ、飲みすぎ、酔っぱらってしゃべりすぎ。
こんなに元気のない田村〈ゲルルス〉は初めて見たというくらい、落ち込んでいた。落ち込んでもらわなきゃこまるわ、と仁科〈ターナ〉はため息をしつつ動画を確認した。
「問題ないですね」
「うん、これならいける」
等々力〈ジャン〉も同意した。
「こんなに酔っぱらっている総理大臣の動画はまずいのでは?」
川島秘書官が恐る恐る尋ねる。
「まず、問題になる発言はないです。アイドルグループの名前もよく聞こえないのでぎりぎり大丈夫です。酔っぱらって無防備な時の発言なので、女性を応援したいという気持ちについては信憑性が増して好印象です」
川島秘書官はほっとした表情になり、ベータTVへ電話をかけた。このまま動画は公開されることになる。
「今回はたまたま問題なかったですが、一つ間違えばすべてが吹っ飛びかねないです。以後、禁酒でお願いします」
仁科〈ターナ〉はふう、とため息をついた。ゲルルス殿下もアルコールが弱いとか苦手とか今までなかったはずなんだけど。今日はため息をつきすぎて、幸せがすべて逃げて行ってしまったに違いない。何気なく机の上に目をやると、先ほどまでなかったメモが置かれていることに気づいた。
『ワインとグラスを差し入れたのは村木派の長谷川議員。なにか細工されていたかもしれない。メイ』
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