育児は公務

 テレビ出演の第二ラウンドが始まった。


「本日もゲストに田村総理をお迎えしてお送りいたします」


 司会が安野から別のアナウンサーに変更になっていた。先週の暴言のため、交代になったのだろう。あれは良くなかった。


「今日のテーマは女性と出産育児です。さっそく田村総理にご登場いただきましょう。拍手でお迎えください」


 華々しい音楽と画面に踊るテロップとともに田村〈ゲルルス〉が登場した。

 前回のテレビ出演に比べると、顔の緊張はない。


「さて、田村総理におかれましては大変お忙しい中、2回目のご出演ということで、誠にありがとうございます」


「こちらこそ、このような機会を与えていただき、感謝しております」


 冒頭は和やかな雰囲気である。


「先週の放送では、田村総理から徴『政治家』制や、奨学金返済の所得控除、つまり必要経費化というお話がありました。今週は女性と出産育児についてです。これは大臣の失言や不倫騒動に関連してということと思われます。それではよろしくお願いします」


「ご紹介ありがとうございます。さて、先日の大臣の失言問題や不倫騒動については、わたくしとしても申し訳なく、かつ怒りを覚えているところであり、これは先日の記者会見で説明したとおりです。政治家が女性について語る場合、女性の社会進出であったり、子育て支援であったり、出生率についてであったり、様々なわけですが、これまでのところは大した効果を上げていません」


 いきなり過去の政策の否定から入ったので、会場がすこしどよめく。


「その原因としては、政府が理想とするところと現実の社会の解離が大きいためです。政府が社会のありようから目を背けているとも言えます」


「といいますと?」


「まずは育児から考えましょう。育児を考える上で一番大事なのは、女性を孤立させないことです。和製英語でワンオペという言葉がありますが、ワンオペ育児という言葉をお聞きになったことはありますか? 母親が一人で家事と育児をこなさなければならない、会社の労働環境に当てはめるとかなり劣悪でありまして、ブラック企業といっても過言ではありません。育児というのは個人的な事柄として扱われがちですが、日本国の将来を担う市民を育てるというのは、公務に準じた働きであると考えています。国会で居眠りしている議員とか、県議会でまともに働いていない議員なんぞよりもよっぽどか国のためになることですし、公務と呼ぶにふさわしいものであります」


 国会で居眠りしている議員の映像や、不祥事で泣きながら記者会見をしている県議会議員の映像が流された。事前の打ち合わせをしているため、視聴者に訴える内容になっている。


「さて、この世の中に、育児よりも重要な仕事はどれくらいあるのでしょうか。俺がいないと回らない仕事とか、そんなものは意外に少ないのです。資料さえわかるところに置いてあれば、周りの人間がなんとかできるものばかりです。本日提案したいのは、『未就学児家庭における残業の禁止』です」


 スタジオがどよめく。


「総理、スタジオのコメンテーターからの質問が多数ありそうなので、ここで区切りにしてディスカッションにしてもいいですか?」


「ディスカッション……議論ですね。わかりました」


 出演者が一斉に挙手をした。普段は割り込むように発言をするが、総理大臣が出演するとのことで、それは禁止されている。


 指名された藤田が気難しそうな顔で話し出した。


「残業禁止って簡単におっしゃいますが、そのことが若者が就職するとき、やがて結婚する時の足かせになると考えたことはありませんか? 保護しようと良かれと思ったことが企業側の負担になった場合、逆効果なんですよ」


 ふん、と鼻で笑うような勝ち誇った顔を藤田はした。


「それは、企業への優遇措置で対応すればよいだけの話なので、この制度自体を否定することにはなりません」


「そんなことを言ったって、労働者本人が残業したい場合はどうするんですか」


「ですから、それを許さない制度なのです。仕事を理由に育児や家事を妻に任せっきりにすることを許さない制度です」


 女性のコメンテーターが挙手をしたので、司会の新しいアナウンサーが発言を促した。


「つまり、会社側と働く側双方の義務ということですね」


「まさにその通りです」


「わたしはこの話を聞いたばかりですが、ありなんじゃないかと思うんです。ほら、リストラというと40代から50代を対象に行われることが多いじゃないですか。若者世代が残業禁止になると、子育てが終わった中高年は残業世代――残業したくない人もいるかもしれませんが、会社側としては、残業を期待できる世代になるわけで、リストラ圧力が和らぐかもしれませんね。」


 そんな考え方もあるのか。この女性とはもう少し話をしてみたいと田村〈ゲルルス〉が歩み寄ろうとしたが、司会の新しいアナウンサーがてきぱきと番組を進めていく。


「議論は尽きませんが、番組の時間に制限がございますので、総理の演説を次へと進行させていただきます」


「お気遣いありがとうございます。さて、育児の孤独を解消するのは、夫だけではありません。地域の育児サークルなども大事な集まりです。常々思っていたのですが、母親になったという一点だけでサークルを作ったって、それは満足できるものになるのだろうかということです。人と人が集まる以上、好き嫌いができますし、話の合う合わないがでてきます」


「そうなんですよ。母親とか女性とかだけでひとくくりにする人って、自分たちが同じようにされたら嫌じゃないのかってずっと思ってました」


 先ほどの女性コメンテーターが相槌をうってくれる。


「大卒や高卒で分けたり、収入や職歴で分けたり、いろいろな分け方があると思うのです。性格が合う合わないというのは、集まってみないとわからないですけど」


「子育て世代のための趣味のサークルがあると参加しやすいかもしれませんわ。好きなバンドとかでもいいですし」


「そういったご意見がたくさん集まると、育児支援の幅が広がると思います。皆さん、よろしくお願いします」


 田村〈ゲルルス〉は今までで最高の笑顔でよろしくお願いしますと言えた気分になった。笑顔には笑顔で司会の新しいアナウンサーがつないでくれる。


「さて、育児の話の後は、出産関連のこともお伺いしたいのですが」


「これは一言でいえば、体力勝負なので、若さが大事。これに尽きます」


「徐々に晩婚化、出産年齢の上昇がみられており、これを若年化させたいです。そのためには、飛び級制度の創設が必要です。海外では導入されていますが、我が国においても導入するべき時期かと思います。飛び級制度によって、社会に出る年齢を若くすることができれば、本人たちにとってメリットが大きいでしょう。学生のうちは、結婚まではなかなか考えることはできないです。学生として魅力的であっても、社会で働いてみたら期待外れだったとか、そんな危険もあるので踏み切れないでしょうね。一方社会に出ると、交際した先に結婚が見えてきますから。今後は学歴を評価するうえで、出身大学だけでなく、飛び級の有無も重要になってくるでしょう」


 司会の新しいアナウンサーがこのコーナーの締めに入りそうになったのを感じたので、それを抑えて強引に話を続ける。


「私は先ほど育児は公務と言いましたが、急な退職や転勤に対応することも必要かと考えています。つまり、離婚や再婚した場合のことです。養育費は離婚調停や裁判で認められても、なかなか実際に払われない場合が多いのです。近年は口座や勤務先を調べやすくなって取り立てしやすくなりましたが、そもそももらって当然な養育費を受け取るためにそれほどまでに苦労しないといけないのはおかしいのです。何もしなくても自然に支払われるのが当たり前の姿だと思っています」


「総理、もう時間をかなりすぎておりまして」


 番組スタッフも司会の新しいアナウンサーも苛立っているようだが、ここは引けない。


「ふるさと納税で住民税の手続きを自動でできるのであれば、養育費の手続きだって自動でできるはずです。固定資産税だって、児童手当だって、正確にできています。マイナンバーカードの有効利用でできるはずの制度です」


 番組もうすぐ終わりまーすと声がかかる。テロップに本日の天気予報はお休みしますと流れる。天気予報士の人ごめん。


「民事に政府が介入するのは問題ではないのですか?」


 不規則発言がでた。もともとの番組の雰囲気になってきた。


「公務ですから」


 こちらもその雰囲気になじんで一言で切り捨てる。


「私たちは、女性の人生が生きやすいものになるためであれば苦労したり努力することを惜しみません」


 ここでマイクを切られてしまった。言い切った満足感で満たされている。


「さて、まだまだ語り足りないかと存じますが、番組はそろそろ終了です。この番組が世の中の議論のきっかけになれば幸いに存じます」


 司会の新しいアナウンサーは顔全体に汗をかいて真っ赤になっていて、興奮したような、ぎりぎり綱渡りをして心が高ぶっているような姿であった。


 田村〈ゲルルス〉は公用車で首相官邸に戻った。川島秘書官が同席していた。


「番組終了ギリギリでしたね。内容としては盛り上がって成功かと思われます。世論調査が楽しみです。インターネットのベータTVですが、いかがされますか?」


「もちろん手配してくれ」


「かしこまりました。」


 そういうと電話をかけ始めた。


「メールとかラインとかで連絡しないのか?」


「緊急で時間が惜しい時は電話をします。それ以外の時は電話しません。暗黙の了解ですね。」


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