徴「政治家」制

 効果音とともに字幕が画面に踊る。「田村総理大臣緊急生出演!すべてを語る!」


 田村〈ゲルルス〉が開きつつある扉から颯爽と登場した。


「内閣総理大臣の田村でございます」


 スタジオにいる人間すべての視線を感じながら話し始めた。


「先ほどのV TRにもございましたように、このたびの件については、誠に申し訳なく、かつ憤りを感じております。私といたしましては、社会の後輩である若者を助け、育てていくことこそが肝要かと常日頃から考えております」


「これからの社会を担っていく若者をどう助けることができるのか、それについても国民の皆様にお伝えしたいのです。国としましては、国の将来を背負う若者たちを、経済的に援助するような仕組みを作りたいのです」


 コメンテーターが一斉に挙手をして発言を求めた。普段は他人の発言を遮るように意見を述べたりするのだが、首相相手であるので、最低限の礼儀は守っている。


「総理、先日の記者会見と、本日の総理のお話について、スタジオのコメンテーターからお尋ねしたいことがございます。話の腰を折るようですが、一旦質疑の時間とさせていただいてよろしいでしょうか」


「私は構いませんよ」


「それでは、藤田さん、よろしくお願いします」


 いきなり藤田か。


「まずは先日の記者会見ですが。登用してみないとその人となりはわからないというのは、理解できました。納得はできませんが。一人大臣を更迭することはあっても、三人同時というのは例がないのではないでしょうか?つまり、過去の内閣総理大臣はここまでの人選ミスをしていなかったのです。田村総理の資質に問題があると考えるのが当然でしょう? 離婚も一度なら同情できますが、三度もするようなら、やはり選ぶ側に問題があるんでしょうな」


 さすがは藤田だ。しかし、今の大臣を選んだのは本当の田村であって、田村〈ゲルルス〉ではない。選んだ理由は本人に聞かなきゃわからないが、遥か空の上で眠っている。


「わたくしも驚いています」


 田村〈ゲルルス〉の返答に、藤田の口から「は?」という言葉が漏れる。


「大臣は基本的には国会議員の中から選ばれますが、選挙で何度も選ばれている議員たちが、これほどまでに粗忽で、わきが甘くて、発言が軽率であるとは存じ上げませんでした」


 田村〈ゲルルス〉は困ったもんだという顔と手ぶりを大げさにした。即座に藤田が反論する。


「全員、友政党が公認した議員ですよね?国民は与党野党どちらかの候補者から選ぶしかないのです。限られた候補者から選ぶしかない以上、選挙の結果は消去法でしかないのです。総理の今の発言は、選挙を通りさえすればすべて認められるというような、誤った認識があります」


「いやいやいや、藤田さんのおっしゃることは、いちいちごもっともなことばかりです。国会議員の質が低いのは、大変憂うべき状況でして。すべての国会議員に試験を課そうじゃないかという話もありますが、今回の騒動はそれ以前の、人間としての資質の問題ですから、それは試験をしても解決できない事柄です」


 田村〈ゲルルス〉はコップの水でのどを潤して発言をつづけた。


「そこで」


 間をとって、もったいぶるかのように語りだす。


「徴兵制のように政治家を集める、すなわち徴『政治家』制を目指します」


 冷静なはずの安野アナウンサーが思わず「は?」と漏らした。


 コメンテーターたちが一斉に騒ぎ出す。


「無理ですよそんなの。そんなのうまくいきませんって」


「わけわからない。無理やり連れて来られて政治家できるわけないでしょ」


 全員が発言しだしてなにも聞き取れないので、安野アナウンサーが場を仕切る。


「皆さん静粛に! 発言は順番に!」


 スタジオはざわざわしたままで治まらない。


「テレビ局の寄生虫!黙れって言ってんだ、ボケ!」


 急に静まり返って出演者が司会者に注目する。


「大声を出して大変失礼しました。本日は田村内閣総理大臣を迎えての番組でございますので、発言のルールは厳守でお願いします」


 こんなこと言って大丈夫かと心配になったが、田村〈ゲルルス〉には関係ないことなので、知らんぷりして発言を再開した。


「国会議員になろうなんて人間は、世の中まずいません。社会に出て、ある程度成功していればなおさらです。大手企業で最年少で部長になりましたっていう人間が、全てをなげうって国会議員になろうなんて考えますか?小学校の教頭をやっていて、来年には校長になれそうだっていう人間には、退職して選挙に出ようなんて考えは頭の片隅にもないはずです。でも、有能な人間を国会議員にしようと真剣に考えた場合、そういった人間を引っ張ってくるしかないんです。親の地盤を受け継いで当選しただけのバカボン議員とか、芸能人としての知名度だけで当選したパッパラパー議員とか、もうたくさんです。親が金持ちだから金にものを言わせて政治活動をしている輩も同様です」


 司会者の一喝でコメンテーターが誰もしゃべらなくなったので、司会の安野アナウンサーが質問する。


「無理やり政治家にするというのは、人権問題になりませんか? それに、やる気のない人間が政治にかかわっても、何も成果を上げることはできませんよね?」


 田村〈ゲルルス〉は何度かうなずいたのちにテレビカメラに向かって語りだした。


「皆様の人権は、日本国憲法によって保障されていますが、それは絶対的なものではありません。公共の利益のためには制限されます。住んでいる住宅も、道路の建設や鉄道建設のためには立ち退きを求められることもあります。財産も税金という形で徴収されます。感染症の種類によっては入院が義務付けられているものもあります。国会議員になる義務も、新しく加えられるわけです」


「徴『政治家』制……」


 安野はそうつぶやくと黙ってしまった。


「やる気については、業績によっては出身会社の役員待遇にしたり、教員であれば将来教育委員に任命したり、将来の報酬を匂わすなどすることで、いくらでもやりようがあります。そもそも、民間会社であれば、自社から国会議員が出ることは政界への太いパイプを持つことなので、歓迎されるでしょう」


 誰もしゃべらなくなってしまったスタジオを田村〈ゲルルス〉は端から端へと歩いてみた。


「さて、と。制度の詳細については文書にして公表します。口頭で伝えても、誤解を招くだけですから。これについては、すぐに行える話ではないです。友正党内の手続きから始めてまいります。もともとは若者の貧困の失言についてでしたね?」


 田村〈ゲルルス〉が話を進めるよう促した。テレビ番組である以上、制限時間があるので気を抜く時間は存在しえないはずである。


「そうでした、そうでした」


「たいていの若者は、高校や大学、専門学校を卒業して社会に出てくるわけですが、足かせになるものがあるんですよね。奨学金の返済です。現在の制度では、借金として税引き後の手取りから返済しているわけですが、それは心情的にも理屈としても引っかかるものがあると常々考えておりました。この国の一員として働くため、社会に出るために学校に通っているわけです。その費用は収入から控除されるべきものです」


 所得として考える金額が減ればその分税金や社会保険料も減るため、その分は経済的に改善されるのである。奨学金返済を経費として扱うことができれば、負担が減るはずである。


「いっそのこと、返済免除にしてはどうですか?」


 息を吹き返したコメンテーターの一人が尋ねた。


「それも検討しました。大学卒で働いている方と高校卒で働いている方、生涯賃金も違ってきますので、公平性を保つためにもそこまでは踏み込めません」


「正直なところ、徴『政治家』制のインパクトが強すぎて、若者支援が目立たなく立ってしまいましたね。もうそろそろ番組が終了します。最後に総理から何か一言お願いします」


「わたしたちは、常に若者とともにいます。社会の先輩として、国政を託されたものとして、若者の可能性を信じています」


 帰りの車は総理大臣秘書官の川島と同乗した。番組で一気にしゃべったためか、あまりしゃべりたくない気分だ。


「徴『政治家』制の反響がすごいですね。ネットニュースで流れていますし、テレビ各局のニュース速報でも流れています」


「そうか。若者支援の奨学金の件についてはどうだ?」


「全く触れられていません」


「埋もれてしまったか。これを機会に若年層を取り込みたかったんだがな」


「若者は日曜日の朝から政治討論番組なんて見ませんから。なかなか難しいでしょうね」


「それでは若者と政治についてコミュニケーションを図ることは無理なのか?」


「若者はインターネットが主ですからね。そちらで番組の企画ができないか、関係者と連絡をとりますね」


 秘書官の川島は、仕事ができる男のようだ。彼は田村が総理大臣になる前から10年以上にわたって秘書を務めてきた。総理大臣にまで登りつめた政治家の秘書である以上は優秀であるのも当然か。





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