任命責任

 記者会見では、手ぐすね引いて待っている記者たちで会場は熱気にあふれていた。


 開始時間はNHKの7時のニュースに合わせて7時3分からとした。


 冒頭に陳謝する。余計な言い訳はせず、ひたすら申し訳ないと繰り返す。


「私が胸に抱いている思いは、申し訳ないという思いと、許せないという思いです」


 話の流れをここで変えた。批判の対象から、国民と同じ側に立って問題の大臣を責める位置をうかがう。このようなことは私の目指すところではなく、志は皆様とともにある、とまとめて終わった。


 記者から当然のように質問が出る。


「任命責任についてはいかがお考えでしょうか。こうも立て続けに問題が起こるのは、総理の任命基準に問題があるのではないでしょうか?」


 水でのどを潤してから、ゆっくりと話し出す。


「その質問はもっともな話であります。鋭い意見です」


 質問した記者におべっかをつかってみる。


「人物を見抜くというのは、古今東西難しい話でして」


 わがアウグスト星でも難しいのです、という言葉は何とか飲み込んだ。


「例えば総理大臣の選出とか」


 記者たちに笑いが漏れる。やや受け。このまま続ける。


「大臣はもとより、皆様の職場でも現場のリーダーや部長課長といった職に適切な人物を選ぶこととか。あぁ、皆様の職場の上司は適任な方ばかりということでよろしかったでしょう――ね?」


 思い当たるふしのあるもの数名が鼻で笑う。


「結婚相手を選ぶのも同様でして、あれだけ真剣に選んだはずなのに、こんなはずではなかったと思っている人はいませんか? ほんとにいませんか? 挙手を願います」


 会場の数名が、こっそりとちっちゃく手を挙げた。


 テレビ画面に映っていると思っていないNHKのアナウンサーも机の上の握っていた手を広げて意思表示をしている。


「その職責に見合った能力があるのか、見識があるのかというのは、実際にやらせてみなければわからないのです。能力のなさをひた隠しにして続けさせるよりは、全部あけっぴろげにして、ダメな人間にはさっさとやめてもらう。わが内閣はこの方針で参ります」


「ちなみに」


 笑みを浮かべて話す。


「私は結婚相手を選ぶのは成功でした」


 記者会見はなんとかおわった。新しい政策を発表する時間的余裕もなかったし、そんな話の流れにはならなかった。


 二日後の日曜日、政治討論番組当日である。田村〈ゲルルス〉の身なりは妻にチェックしてもらって問題ない。鏡の前で、笑顔を作ってみる。少し怖い。もっと自然な表情にしてみる。これならなんとか行けそうだ。真剣そうな表情も作ってみた。怖くなく、暗さのない顔に仕上がったつもりだ。


 秘書やらSpやらが迎えに来た。総理秘書官の川島は、事前打ち合わせのために一足先に放送局へと向かうらしい。


 内閣総理大臣専用車両に乗り込み、放送局へ向かう。後部座席に乗り込むと、同時に不思議な風が車内に入ってきたように感じた。何もない空間にむかってそっと手を伸ばす。ポイポイっとマスクとイヤホンが投げ出されたので、それを装着する。


「生放送は危険ですわね」


「司会の安野は問題ないが、コメンテーターの藤田はコントロールしきれないかもしれない」


「いつも弱気なことをおっしゃいますが、無事にくぐりぬけて来られたでしょう? きっと大丈夫ですわ」


「まあ、失敗するつもりはないけど、少し弱気になってみたかっただけさ」


 そうこうしているうちに、車は放送局に到着した。


 番組は一週間の出来事を列挙する形で始まった。


 政治ネタはもちろん大臣の不祥事、不適切発言。経済や社会につづき芸能ネタまで終わると、司会の安野アナウンサーが今日の本題へと導く。


「新聞のテレビ欄をご覧になられた方はご承知かと思われますが、本日は田村総理大臣が緊急生出演します。何について話すかといえば、もちろん最近テレビをにぎわせている大臣の相次ぐ不適切発言、不祥事です。まずはVTRをご覧ください」


 先日の謝罪記者会見のダイジェスト版が流れる。テンポよく編集されているのと、わかりにくいところ、聞き取りにくいところは字幕でしっかり補っているため、理解しやすい。なかなかうまいことやるもんだと田村〈ゲルルス〉が関心していると、VTRは終了し、スタジオが映し出された。


「えー、実は田村総理から、それぞれの議題についてしっかり対応をしたいとのお話がありまして、2週連続で出演していただけることとなりました。本日の話題はこれ、“若者の貧困は自己責任“についてです」


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