不祥事

 ふいに「何かお忘れではございませんか?」との声とともに、何も無いはずの空間から急に顔をのぞかせたのはメイ・フィブリル。“姿隠しの衣”を身にまとっていたのだ。科学の進歩の恩恵の姿隠しの衣であるが、地球現地人には魔法か科学か区別がつかないであろう。


「ジャン、あなたが語ったことは、わたくしが報告申し上げたことばかりですが、よもや手柄を横取りするつもりですか?」


「これから言おうと思ってたんじゃん。メイの情報収集は素晴らしいよね!」


 メイ・フィブリルが不審そうに目を細めて等々力〈ジャン〉を見ていると、突然、秘書が早足でノックと同時に部屋に入ってきた。急いでメイ・フィブリルが隠れる。


「ノックの意味がな……」


 すべて言い終わる前に秘書が新聞各社の朝刊をさしだす。総理秘書官の川島だ。


「おはようございます。早速ですが、本日発表された内閣支持率をご覧ください。夕日新聞18.5%、読買新聞21%、ほかの各社も軒並み暴落しています」


 確か宇宙船で調査した時は支持率70%はあったはずだ。やる気に満ちた若手政治家として、老若男女、思想の左右を問わず、広く支持されていたはずである。


 別に人間たちに好かれたいわけじゃないが、総理大臣という権力の座から放り出されてしまっては、せっかくすり替わっている意味がない。至急対策が必要である。


「今夜、官房長官と幹事長と私ともう一人、四人分の席を設けてくれ」


「かしこまりました」


 川島秘書官が早速料亭に連絡を取る。


 その夜のこと。


 都内某所の料亭。


 出席者は田村〈ゲルルス〉、仁科〈ターナ〉、等々力〈ジャン〉の三名である。


「ジャン、リサーチは完璧って言ってたよね?」


 ちょっと涙目になりながら、田村〈ゲルルス〉が詰め寄る。


「ゲルルス殿下、地表降下前まで調査していましたが、支持率低下の気配なんて全くなかったですよ。むしろ支持率高くて長期政権だと言われてたくらいで」


 頭を掻きながらジャンが唸るようにしゃべる。


「メイ・フィブリルを呼べ!もう俺は終わりだ。やばい、まずい、もう後がない」


「殿下、落ち着いてください。メイに来てもらっても何も改善しません」


 室内に急に風が起こったと同時に、何もなかったはずの空間からメイ・フィブリルが現れた。


「殿下、誠に申し訳なく存じます」


 メイ・フィブリルは宇宙船から様々な便利グッズを持参してきている。アウグスト星の科学の粋を集めた品々だ。身を隠すことのできる“姿隠しの衣”もそのうちの一つで、情報収集に役立っている。彼女は姿隠しの衣を気に入ったようだ。ゲルルスたち三名は、そのような品を所持した場合、日本の先住民族の目に留まる可能性があるため、携帯不可となっている。


「今回の支持率低下の原因は、大臣の失言やスキャンダルが相次いだことですわ。三人立て続けなのが支持率急落につながっているかと存じます」


「沓名大臣が地元の講演会で、『子供を産んでくれたことについては妻に感謝できる』と言ったんですよ」


 仁科〈ターナ〉がぴくっと反応した。


 田村〈ゲルルス〉は何が問題なのかわからず、不思議そうな顔をしている。


「何か問題があったのか?」


 仁科〈ターナ〉は驚いた顔をしながら田村〈ゲルルス〉に語りかける。


「殿下、沓名大臣が広言したことは、妻に感謝できるのは子供を産んだことだけ、と同じことですよ?」


「半分冗談で言ったんでしょうが、不用意な発言というか、センスがないというか」


 等々力〈ジャン〉が渋い顔をする。


 田村〈ゲルルス〉が、えぇ~~というような、困ったような戸惑ったような顔になる。


 ふむ、と仁科〈ターナ〉はしばらく考えたのち。


「第二問です!」


「殿下は王族でなく、一般人として結婚したと考えてください。奥さんが毎日晩御飯を作ってくれます。今日の食事は特に美味しかった! 奥さんになんて伝えますか? はいどうぞ!」


「今日の御飯、美味しいね、かな?」


「はい、残念!」


 仁科〈ターナ〉が腕を交差させて大きなバツのしるしをつくる。


「昨日のご飯はおいしくなかったんですか? 毎日おいしく食べてますよね? いつも美味しいけど、今日の御飯は特に美味しかった、もしくは、これ、大好物なんだって言ったらどうでしょうか?」


 なるほどねと納得した顔で田村〈ゲルルス〉がうなずいていると、仁科〈ターナ〉が小声で「いつもおいしいよって言わせたいだけなんですけどね」と笑顔で言う。


「第三問です!ゲルルス殿下には彼女がいて、今日はデートです。どっちの服がいいのかなって相談されたと……」


「ターナ、それくらいにしな。話を戻しますよ。殿下はいまだ独身ですし、お付き合いされたこともございませんので耳に毒です」


 仁科〈ターナ〉がちょっと驚いて、え、やだっていう顔をしながら田村〈ゲルルス〉の方を向く。田村〈ゲルルス〉は、余計なことを言うなという顔を等々力〈ジャン〉に向ける。念のために記載するが、三名とも中年から老人の政治家になりきっているが、もともとは体が成長しきってもいない若者たちである。


 等々力〈ジャン〉は素知らぬ顔で話を続けた。


「沓名大臣以外にも失言が続いてまして。西澤大臣は『若者の貧困は自己責任。経済的な理由で結婚できないなんて甘え』と宣った結果、ネットで炎上、目も当てられなくなっています」


「ジャン、ネットで炎上というのは?」


「あぁ、インターネットで意見を書き込むことができるんですが、そこが怒りの意見ばかりで荒れてたりとかすることです」


 等々力〈ジャン〉が田村〈ゲルルス〉の質問に答えながら話を進める。


「もう一人は大臣でありながら浮気ですね。週刊誌にばっちり撮られてます。」


「最低ね。死刑しかないわね。この国だと絞首刑かしら。昔見た資料映像だと首切りだったわね」


「打ち首でよいかと存じます」


 メイ・フィブリルが笑顔でこたえる。


 田村〈ゲルルス〉が手のひらを仁科〈ターナ〉とメイ・フィブリルにむける。待て、のジェスチャーだ。


 カバンの中から空想政治小説と書かれた本を取り出して目次をさがす。しばし黙読する。 誰も喋らない、沈黙の時間がつづく。本をめくる音だけが部屋に響く。三人がじっと田村〈ゲルルス〉を見つめていると、パタンと本を閉じ、ゆっくりと顔を上げ言った。


「まずは首切りだ」


 自信に満ちた顔で田村〈ゲルルス〉は三人に伝えた。


「ほんとに首を切るのですね?浮気は許せませんわ」


 仁科〈ターナ〉がキラキラした目をする。今日一番の笑顔だ。


 等々力〈ジャン〉が少しダルそうな顔をした。さっさと話を進めようとする。


「そんなわけないじゃん。江戸時代じゃあるまいし。更迭ですか。それだけで支持率が戻るとは思えません。その先の手を考えましょう。謝罪会見とかします?」


 それとも・・・と言いかけたところで田村〈ゲルルス〉が語りだす。


「まあ、更迭は当然として、それからどうするかなんだよね」


 あごに指をあてながら、田村〈ゲルルス〉が語りだした。


「とにかく謝るしかない。ひたすら謝る。言い訳すると逆効果なので、ほんっとうに申し訳ありませんと平謝りするしかない」


「殿下がそのようなお立場になるのはおいたわしくてなりません」


「いいんだよ。どうせゆくゆくは支配する相手だし。謝るのは『ただ』だからね」


 無理に笑顔を作りながら、続ける。


「謝りつつも、更迭された大臣をけなして、さげすんで、とことん悪役になってもらう。かばった方が身内の政治家には評判がよくなるかもしれないが、そんなことは知ったことではないな。支持率さえ回復すれば、たいていのことは押し通せる」


 しゃべりすぎたので口が乾く。田村〈ゲルルス〉がビールを飲んでいると、等々力〈ジャン〉が口を開いた。


「これをきっかけに新しい政策を発表しましょう。今なら注目をあびているので、日本国内に向けてアピールしやすいです。国民に広く受け入れられるような、心の琴線に触れるような、心にしみるような政策を打ち出しましょうよ。支持率を上げ、それが我々アウグスト星人受け入れの助けになるようにしましょう」


「ジャンには策があるのか?」


「友正党幹事長として動きまくってますからね」


「それも聞きたいが、大事なのは『頑張ってる感』の演出だ」


「頑張ってる感?」


 等々力(ジャン)と仁科〈ターナ〉が同時に尋ねる。


「本当にその政策が正しいかなんて、国民にも、当の政治家にだってわからないのだ。わかっているつもりだろうが。1か月後では正解だと思っていても、10年後には間違っていることかもしれない。もちろん逆もある。どこで評価されるかというと、必死になって頑張ってるその姿勢だよね。あきらかにあさっての方向を向いた政策でなければ、『頑張ってる感』がうまく醸し出せたら成功だよ」


 等々力〈ジャン〉と仁科〈ターナ〉がうなずく。


「わたくしは隠密行動をしていて、日本社会を調査していますので、ジャンと二人で政策立案の助けになるかと存じます」


 等々力〈ジャン〉とメイ・フィブリルが二人で話し始めた。


 二人の話を聞いていると、田村〈ゲルルス〉の頭の中に、これからの道筋が自然と開けてきた。


 ひととおり話が終わり、食事もデザートに差し掛かったころ。


「あの・・・さっきいいかけたんですけど。日本への移民計画を仕切り直すのもいいんじゃないかと」


「それ、わたしも思いました。現在の首相にこだわらなくても、代替わりしてからやり直せばよくないですか?」


「殿下はやり直しになりますけど、俺とターナは続投する形にすればどうですか?」


「あれ?皆に伝えてなかったっけ?現在の私の王族としての立場はかなり微妙で、次の王に代替わりしたら、王族から外されるかもしれないんだよ。今回の移民計画は、我々にとってチャンスであるけれども、同時に見捨てられて左遷される危機でもあるんだよね。もしも、仮にもしもだよ、失敗に終わったり、再度やり直しなんてことになったら、本星から次の人達が来るから。次の候補者はこいつらだろうなっていう目星はついている。ひょっとしたら、私を王族から外すための口実作りで今回の移民計画の責任者に選ばれたのかもしれないね。メイ・フィブリルは本星政府の職員だから、逐一報告していると思うけど。成功したらしたでよし、失敗してもよしなのかな」


 四人とも黙って下を向いてしまった。等々力〈ジャン〉はグラスについた水滴を指でつついて遊びだした。仁科〈ターナ〉は髪の毛をいじりながら視線があさっての方向をむいている。メイ・フィブリルはおもむろに本星への報告メールを打ち始めた。ゲルルスは最後のひとことふたことは余分だったかなと焦りながら言う。


「いや、全然大丈夫だよ?やらなきゃいけないことはこの本に全部書いてあるし。こういうのは典型的なんだよ。アウグスト星一万年の歴史の中で、似たようなことは何度も繰り返されてるからさ。本当に大丈夫だ。本当に!」

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