市民権法
内閣総理大臣と入れ替わった田村〈ゲルルス〉は、かなり好調なスタートを切っていた。
事前に1年間かけて学習したため、対人関係については特に困ることもなかった。20年ぶりの友人などは困るが、忘れていても申し訳なさそうにすれば済む話であった。
内閣の大臣、副大臣、政務官、事務次官や局長などの官僚、政友党所属の国会議員や党職員など、すべて把握できた。
身近にいる秘書が一番難しくひやひやしたが、何とかなりそうだ。夫婦仲が付かず離れずになっているのは好都合であった。
総理官邸にて、田村〈ゲルルス〉総理大臣、仁科〈ターナ〉官房長官、等々力〈ジャン〉幹事長の三名は、日本国が宇宙人を受け入れることができるよう、打ち合わせをしていた。
「殿下、市民権法ですか」
仁科〈ターナ〉が腑に落ちない顔で尋ねる。
「宇宙人が来たから従わなければなりませんと宣言したらどうでしょう。我々の科学力を見せつければ逆らったりはしないでしょう」
田村〈ゲルルス〉はうーんと唸ってから答えた。
「なるべく友好的に、自然な流れで行きたいんだよね。できれば、日本国民から宇宙人との共存は当たり前だよね! っていう意見が出るくらいがいい。自ら進んでわれわれの支配下に入るくらいになれば完璧なんだけどね」
そんなわけで、と田村〈ゲルルス〉は話を進めた。
「市民権法を制定して、地球外から宇宙人が来ても問題ないようにしたいんだよ。外国人の移民や帰化、定住の基準をきっちり法制化する。行政上利用できる制度も作りこむつもりだ。そこに宇宙人もこっそり紛れ込ませるってわけさ」
「宇宙人なんて法律に書いたら、一斉につっこまれませんかね」
等々力〈ゲルルス〉がつっこむ。
「そこはうまくやるさ。外国人や知的生命体として、出身地に地球上か地球外かは問わないようにする。そういった文言を繰り込む言い訳も考えてある。ここ数百年のうちに、地球人たちは宇宙に本格的に進出するかもしれない。進出した者たちが地球に戻ってくることも考える必要があるのだ。法律は、なるべく先のことまで考えて制定した方がよい。うん、この説明だけだと弱いな。数百年後の世代から、昔の人間はそこまで未来のことを想像していて、先見の明があったと評価されたい。そんなふうに説明するつもりだ」
「総理、知ってますか?」
ん? と等々力〈ジャン〉の方を見る。
「日本に定住している外国人夫婦にができたとします。例えば、ベトナム人だとします。インドでもネパールでもいいのですが。生まれた子供との会話は、ベトナム語になるわけです。夫婦ベトナム人なのに、わざわざ子供相手に日本語は使いませんよね。7歳になると小学校入学となるわけですが、日本人の子供に比べると、日本語が苦手なわけです。家庭の影響が大きいでしょう。そんな子供は日本語がそれほど得意でもなく、かといってベトナム語をしっかり学習しているわけでもなく、どっちつかずになっています。言語の上達が遅れると、学校での各教科の学習にも影響が出ますから、問題です。学校で日本語の補習授業をやっていますが、とても間に合いません」
「そうなると進学などにも影響が出ますね。かといって母国に帰っても母国語がそこまで上達していませんので、どっちつかずになりますね。社会的な少数派であれば、将来的な不安定要因になりますね。将来わたくしたちの子供がそのような立場になってしまったら困りますね」
“わたくしたちの子供”のくだりで、仁科〈ターナ〉はわざとらしくゲルルスの方を向いてみた。
「我々アウグスト星人と置き替えてみると、事態の深刻さがわかるな。将来アウグスト星からの移民がおこなわれた際、能力的に先住民族に劣ることになってしまっては元も子もない。外国人および知的生命体の子息にたいする母国語教育、日本語の特別教育を制度化する必要がある」
田村〈ゲルルス〉は言葉をつづけた。
「外国人の日本語教育と母国語教育をしっかりとしておけば、将来バイリンガルとなって日本の国益、つまり我々が支配する国の利益となろう。企業が各国へ進出するに際して、良き人材となるであろう。ここだけの話、スパイの養成も容易となろう。言語のみならず文化や生活習慣を肌で感じて育つのだから。アウグスト星からの移民については、母星の言葉や習慣を忘れずに定住することが大事だ。支配者集団としての特性を維持しなければならない」
「では、早速各省庁とすり合わせを行います」
官房長官である仁科〈ターナ〉が立ち上がる。
「それでは党内の派閥や部会の重鎮に話を通しておきますか」
続いて友正党幹事長である等々力〈ジャン〉も立ち上がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます