潜入

 ジャン・ゴダールはゲルルス・アウグスト王子の側近男性で、かつ小学校から大学まで同級生であるため、なれなれしいところがある。


「俺が担当する等々力誠が無茶苦茶年寄りなんですけど」


 友正党幹事長である等々力誠は70代後半の老人で、党内で彼に逆らうことはまずできない人物である。


 身分的には主〈ゲルルス〉と側近〈ジャン〉であるが、なれなれしい。だが、裏切られ る心配がなく信頼できるため貴重な人材だ。


「王子は首相なのに四十代だからまだいいよね」


「筋力は元の体のままですから、歩き方などは老人のようになるよう、お気を付けくださいまませ」


 メイ・フィブリルがやさしく諭すように伝えた。


「わたしが担当する仁科玲は四十四歳なんですが、美容皮膚科にこまめに通っていたようで。それを踏まえて、外見は三十歳くらいになるようお願いしてありますよ。へへっ。」


 仁科玲を担当するターナ・クラリストが自慢気に話すとジャン・ゴダールは少しすねたような顔をした。


「ターナは俺たちより2歳年下だけどさ、四十四歳から三十歳への若返りはちょっとずるいんじゃない? 女の人だとこれが許されるの?俺だけ騙されてないですか? なんか損してる気がする!」


 ゲルルス・アウグストとターナ・クラリストはわずかに目線を交わしたのち、同時に口を開いた。


「大丈夫だから!だいじょうぶ!」


 何が大丈夫なのだろう。


 ターナ・クラリストが話題の矛先をかえた。


「そんなこといったら、メイ・フィブリルは元の年齢のまま、地球人の特徴を真似するだけですから。特定の個体にすり替わる必要がないからってずるいですよね」


「地球人にうまく化けるために髪の毛サラサラ、皮膚はつやつやにして頑張ります! ふふっ」


 メイ・フィブリルは年齢は非公表と言って教えてくれない。今の外見も若返りをさせているのかもしれない。今回地上に降り立つにあたって、さらなる若返りを狙っているのだろうか。


「みなさん、人間三人の体表スキャンがそろそろ完了するころです。しわや黒子を刻みますので、処置室に移動しましょう」


 メイ・フィブリルが処置室に案内する。


「日本国の乗っ取りに成功したら、皆さんの体表は元に戻せますので、ご安心ください。私は諜報担当なので、一般市民にまぎれて生活いたしますわ。さらってきた地球人三名は日本国の要人なので、体表の複写が終了したら皆さんは速やかに地上へ向かわなければなりませんわ。空白の時間を作れませんものね」


 さらわれてきた三人は、しばらくの間――数年の間――地球への植民が完了するまでは宇宙船で眠っていてもらうことになる。


 王子以下三名は、処置室で処置を受けている。この細長い耳ともしばらくお別れだ。


「それにしても」


 部下であり側仕えであるターナ・クラリストが首をかしげながら訊く。


「なぜ日本なのでしょう?アメリカ合衆国を支配してしまえば、全世界に影響力がありますから、移住もはかどるのではございませんか?」


「それは私も最初に考えたよ」


「どうやらアメリカ合衆国の大統領ともなれば、一挙手一投足が注目の的らしい。少しでも油断するとこちらの正体がばれるかもしれない。加えて治安の悪さだ。何かあれば銃でズドン、何もなくてもズドン、宇宙人てばれたら一瞬でズドンだぞ。同種でもズドンなんだからな。大統領でも暗殺されるぞ」


「それと、アメリカンジョークっていうのが。全然わからなくてね・・・」


「いやぁ、殿下。今回は余裕ですね。なんか負ける気がしないもの。リサーチ完璧じゃんか。盗聴盗撮、スマホのデータがあれだけあれば本人よりも本人のことがわかるよ」

 いつも通りにジャン・ゴダールが話しかけてくる。

「みなさん、処置中はしゃべらないでくださいね。ずれても知りませんよ」

 メイ・フィブリルはお目付け役体質なのかもしれない。


 地上へは宇宙船そのものでは着陸できないため、小型宇宙船に乗り換えて向かう。


「よし、皆の者、地上に降りたらしばらく宇宙船には戻れぬ。忘れ物などないようにな。 故郷へのメールなども済ませておくように」


「あら、引率の教師みたいなことをおっしゃいますわね。殿下こそ忘れ物ですよ。この本をちゃんと読まないと日本国の征服がうまくいかないですよ?」


 メイ・フィブリルはにこっと笑みを浮かべながら机の上に投げ出されていた本を渡した。


 ゲルルス・アウグストはついうっかりして大事な本を宇宙船に忘れるところだった。持って行かなかったら大変なところになるところだった。そう思いながら本を受け取った。その本の表紙にはこう記してある。


「空想政治小説」


 かくして三人は日本国の要人たちとそっくりな容姿となり、夜のうちに田村正一郎 総理大臣と仁科 玲 官房長官、等々力 誠 友正党幹事長の自宅に忍び込み、見事入れ替わることに成功したのであった。


メイ・フィブリルはこのことをアウグスト本星に報告した。

「潜入成功」と。

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